弁護士三浦義隆のブログ

流山おおたかの森に事務所を構える弁護士三浦義隆のブログ。

店員の隙を見て食い逃げしても処罰はされない

食い逃げ犯が検挙されたという報道をときどき目にする。詐欺罪で立件されるのが通常だ。

ところで、いわゆる「食い逃げ」にあたる行為でも、法律上処罰できない場合もあるのをご存知だろうか。

本ブログでは、個別の雑学的あるいは時事的なテーマを扱う場合でも、その件の結論だけを述べるのではなく、できるだけ法の基本原則に触れつつ、結論に至る論理の道筋をわかりやすく示すように心がけている。

本稿でも、「罪刑法定主義」「利益窃盗は処罰できない」という刑法の基本的なルールから説明してみよう。

1.利益窃盗は処罰できない

刑法 第235条 (窃盗)

他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

第236条  (強盗)

1  暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。

2  前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。 

第246条 (詐欺)

1  人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。

2  前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。 

第249条 (恐喝)

1  人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。

2  前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

代表的な財産犯である窃盗罪、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪の条文を並べてみた。

見てのとおり窃盗罪だけ第2項がない。

詐欺罪、強盗罪、恐喝罪の第2項は、通称「2項詐欺」「2項強盗」「2項恐喝」といって、形のある財物(お金や物)ではなく、形のない経済的利益をだまし取ったり(詐欺)奪ったり(強盗・恐喝)した場合に成立する罪だ。

反対に、第1項は財物に対する罪。

窃盗罪に第2項がないということは、刑法は窃盗罪については財物を盗み取った場合だけを処罰し、経済的利益を盗み取っても処罰しないという立場をとっていることを意味する。

 

犯罪とそれに対応する刑罰は、あらかじめ法律により定められていなければならないという原則が罪刑法定主義だ。

罪刑法定主義の帰結として、「類推解釈の禁止」が導かれる。

類推解釈というのは、平たく言うと、「事柄Aについて直接定めた条文aはないが、これと共通の立法趣旨をもつ事柄Bについて定めた条文bがある場合に、条文bを類推して事柄Aにも適用してしまおう」という法解釈のテクニックだ。

例えば、「この橋わたるべからず」という立て札があったとしよう。

この立て札の趣旨が「橋が老朽化して崩落しそうだから渡るな」という趣旨ならば、舟で渡ることは禁止されないと解釈できる。しかし、「この橋の先の俺の土地に立ち入るな」という趣旨なら、明文にはないが、舟で渡って立ち入ることも禁止という類推解釈が成り立つだろう。

法律は網羅的に定められているようで実はいろいろ穴もある。だから民事裁判では、この穴を埋めて実質的妥当性を確保するため、類推解釈がよく用いられる。*1

しかし刑事の場合は罪刑法定主義があるからそうはいかない。

犯罪と刑罰は予め明示された法に基づくことが絶対的要請だ。だから、法に穴があるなら穴のままにして被告人を無罪にしなければならない。

法の穴をかいくぐる人が続出して不都合があるなら新たに立法すべきであって、裁判官が融通をきかせて有罪にすることは許されない。これが類推解釈禁止のゆえんだ。

さて、類推解釈が禁止される以上、窃盗罪に第2項がないということは、形のない経済的利益を盗み取る行為は処罰できないと素直に解釈するほかない。これが「利益窃盗は処罰できない」ということだ。

 

2.食い逃げを処罰できる場合、できない場合

利益窃盗を処罰できないことから、いわゆる「食い逃げ」でも、刑法上処罰できる場合とできない場合が生じる。

以下、場合ごとに分けて説明する。

2-1.商品を注文した時点で代金を支払う意思がなかった場合

この場合はまったく問題ない。

支払う意思がないのに、支払う意思があるかのように装って注文し、商品の提供を受けている。だから商品という財物をだましとったことになり、1項詐欺が成立する。

2-2.商品を注文した時点で代金を支払う意思があったが、商品を受領してから気が変わって支払う意思がなくなった場合

この場合は、財物を受け取った時点では誰もだましていないから1項詐欺は成立しない。

処罰できるかどうかは、その後の食い逃げ犯*2の行動で決まる。

2-2-1.本当は支払う意思がないのに、店員に「財布を忘れたから取ってくる。戻ってきたら支払う」などと述べて店を出た場合

この場合は2項詐欺が成立する。食い逃げ犯は支払う意思がないのにあるかのように装って店員をだまし、店員はだまされたことにより、支払いを猶予して外出を許可するという利益を食い逃げ犯に与えた。だから食い逃げ犯は経済的利益をだまし取ったことになり、2項詐欺だ。

2-2-2.支払う段になって店員に暴力をふるったり脅迫したりして支払いを免れた場合

この場合は、2項恐喝か2項強盗(恐喝と強盗の区別は、どの程度強い暴行・脅迫をしたかによる。)。食事代金の支払という債務を、暴行や脅迫によって免れているから。

2-2-3.店員の目を盗んで逃げ出した場合

この場合は処罰できない。

なぜなら、食い逃げ犯は、注文をして商品という財物を受け取った時点では代金を支払う意思があったから、誰もだましておらず、1項詐欺は成立しない。

そして、店を出る段階でも、誰のことも騙したり脅したりしていないから、2項詐欺や2項強盗も成立しない。

このケースで食い逃げ犯がやったことは、代金を支払うという債務の支払を、店員の目を盗んで逃げることにより免れているわけだから、まさに利益窃盗にあたる。*3*4

 

3.利益窃盗を処罰するとどうなるか

先の食い逃げの事例だけ見ると、現行刑法が利益窃盗を処罰しないのは妥当でなさそうに思える。

そこで刑法を改正して利益窃盗を処罰することにするとどうなるか。

  • 当初は返すつもりで金を借りたが、後に返せなくなって逃げ回っている。
  • 立ち読みお断りの本屋で立ち読みをした。
  • NHKの料金の直近の集金がまだ済んでいないことに気付いていたが、急に引っ越しが決まったので払わないまま黙って出て行った。
  • スタジアムの近くの高層マンションに住んでいる人が、自宅のベランダから勝手にスタジアムの競技を観戦した。
  • 公共の場でたまたま隣にいた人がWi-Fiにパスワードを設定していなかったのでこれを使った。

このような行為がことごとく利益窃盗として処罰される可能性がある。これでは処罰範囲が広がりすぎて妥当とはいえないだろう。

借金を踏み倒すのもNHKの料金未払のまま転居するのもよくないことだが、刑罰を与えるまでもなく、民事的に解決すれば足りる話と考えるのが常識的ではないか。

このように、利益窃盗を処罰すると処罰範囲が際限なく広がることから、立法者は利益窃盗を処罰しないという選択をした。

その結果、先の食い逃げのように部分的に不都合が生じるとしても、罪刑法定主義を、ひいては自由な社会を守りたいならこの不都合は受け入れるしかないのだ。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

*1:法解釈には、直観的に妥当そうな結論を導くために理屈をこねる技術という側面がある。法は一般の方が思うほど杓子定規なものではない。

*2:処罰できない場合は本当は食い逃げ「犯」ではないが、便宜的にこの表現を用いる。

*3:「これを読んで食い逃げを試みる人が出たらどうする」といった指摘を受けたので念のため追記しておく。

まず、これを読んで食い逃げを試みる時点で最初から支払う意思がないのだから、それは単なる詐欺犯だ。

最初から食い逃げをするつもりで食い逃げをしておいて「最初は支払うつもりがあった」と言い逃れをする人が出たとしても私の知ったことではないし、捜査機関や裁判所が、そうやすやすとそんな言い訳を認めてくれるはずもない。

*4:「民事責任に言及がないのがけしからん」という指摘も受けた。私は本稿で最初から最後まで刑事責任の話しかしていないから民事の話が出てこないのは当たり前だ。

だが、本稿の読者は非法律家を想定しているので、刑事と民事の区別もついてない人が多いであろうことを考慮しこれも念のため追記。

本来支払うべき代金の支払を逃れているのだから、当然民事責任は免れない。飲食代金には年5%または6%の遅延損害金を付して支払わなければならないし、飲食店にその他の損害(捜査対応に要した人件費相当額とか)が生じた場合はその損害も賠償する義務を負う。

「退職してくれ」と言われた場合にとるべき対応

今日は、労働者が使用者から退職勧奨(要するに、「退職してくれ」と言われること)を受けた場合にとるべき対応について書く。*1

 退職勧奨を受けた場合、労働者がまず頭に入れておくべき基本事項は下記の3つだ。 

  1. 退職しろと言われたからといって退職する義務はない
  2. 労働者が自主的に退職しない場合、それでも辞めさせたいなら、使用者は解雇をするしかない
  3. 判例上、解雇はそう簡単に法的に有効とは認められない

 この3点をまとめると、要するに、

労働者が退職勧奨に応じさえしなければ、(解雇が有効になるような事情がない限り)法的には退職せずに済む可能性が高い

ということだ。

もちろん、法的には適法に解雇できない状況だとしても、実際問題として、もはや自分を必要としていない職場で働き続けたいのか?という問題はあるだろう。

復職が実際上困難なのであれば、最終的な着地点はやっぱり退職かもしれない。

しかし、そう簡単に解雇が認められない以上、辞めるかどうかの主導権は基本的に労働者側にあるので、少なくとも、慌てて退職勧奨に応じる必要はない。

退職勧奨を受け入れてしまえばそれまでで、通常もはや争う余地はなくなる。*2

一方、退職勧奨を拒否して解雇されれば、弁護士に依頼して不当解雇として争うという選択肢も出てくる。

私の経験上、不当解雇を争う事案では、最終的に復職する場合もあるが、金銭解決を選択する場合の方が多い。

金額は事案によるので一概に言えないから目安だけ述べると、労働審判を申し立てて調停で処理する場合なら、月給5~12か月分程度が標準的な範囲だと思う。*3

つまり、いずれ退職するとしても、退職勧奨に応じてしまえば何も取れないが、応じなければお金を取れる可能性が出てくることになる。

 

もっとも、使用者側は、法的には解雇できる状況で、温情的に自主退職にしてあげようと思って退職勧奨をしてくる場合もある。(例えば、労働者に重大な落ち度がある場合とか、会社の経営状態が悪く整理解雇が認められる状況である場合など。)

また、人員整理のための退職勧奨であれば、退職金が上積みされる等、有利な金銭的条件を提示される場合もある。

そのような場合には退職勧奨に応じた方が合理的かもしれない。

 

しかし、退職勧奨に応じるか拒否するかの判断を、その場で労働者ができるだろうか。

前記したように、退職勧奨に応じるべきかどうかの判断は、退職勧奨を拒否しても解雇が適法になってしまう状況かどうかに左右される部分が大きい。*4

解雇の有効無効を決定するいわゆる「解雇権濫用法理」は、法規範の中でも抽象性が高く、個別事例への当てはめが特に困難なものの一つだ。

労働契約法 第16条 (解雇)

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 

法の明文に書いてある基準としては、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効」というざっくりしたものしかない。

このざっくりした基準を具体化するものとして無数の裁判例が蓄積されている。

労働事件を普段やっている弁護士は、裁判例から帰納的に「このくらいまではセーフ、このくらいからアウト」という相場感覚を体得しているから、どうにか個別の事案についてもそれなりの精度で勝ち負けを読めるわけだ。

そういう次第なので、解雇が有効になる状況かどうかをその場で素人が判断するのは、ちょっと無理だろうと思う。

 

その場での自己判断が困難なことを考慮すると、退職勧奨に直面した労働者が、初期対応として心がけなければならないのは、

  • とにかく即答しないこと
  • すぐに弁護士か労働組合か労基署に相談すること

これだろう。

なお、相談先をどうすべきかについては、大まかには以下のようにいえると思う。

  • しつこい退職勧奨を中止してもらって在職し続けたいというような場合は労基に相談
  • 使用者側の退職させたい意思が強固のようなので不当解雇で争いたいというような場合は弁護士に相談
  • 労組はいずれの場合でも有りだと思う。弁護士の伝手がある場合も多いので、弁護士が必要な案件なら労働事件に強い弁護士を紹介してくれるかもしれないし。

「お前は要らない」と言われた労働者としては、絶望的な気持ちになり、つい売り言葉に買い言葉で「辞めます」と即答してしまいがちだと思うが、それをやってしまうと損をする可能性が高い。

くれぐれも後悔することのないよう、頭に入れておいてほしい。

【続編】退職を強要される場合や退職勧奨に応じてしまった場合どうすべきか - 弁護士三浦義隆のブログ

 

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

 

 

*1:本稿は、私が2013年頃にやっていたアメブロの記事を改稿したもの。

*2:ただし、「退職せよ。さもなくば解雇する」などと言われたような場合には争う余地も出てくる。

*3:もっと低い水準を述べる弁護士もいるが、少なくとも私は、不当解雇で5か月分未満で調停したことはないし、する理由もないと思う。特に、3~6か月分が相場などと言っている人は、安易に妥協しているのではないかと疑問を持ってしまう。解雇が有効か無効かきわどい案件で、痛み分け的解決をする場合なら別だが。

*4:どのみち適法に解雇されてしまう状況なら自主退職の方がマシだといえる。失業保険上も、退職勧奨に応じて自己都合退職した場合は特定資格受給者にあたり給付制限を受けないので、会社都合退職と同じ扱いになるし。

痴漢被疑に関する野村修也氏の残念なコメントを添削してみた

中央大学法科大学院教授(商法学)で弁護士登録もしている野村修也氏が、何日か前に痴漢被疑対策の件で日テレに出て話をしたようだ。

かつて存在した大学教授の特例制度で弁護士登録したから司法試験に合格しているわけではない野村氏は、名門中央大学のロースクールで教授を務めるくらいだから商法学者としての実績は充分なのだろう。

しかし、野村氏はよく知りもしない商法以外の分野に「弁護士」の肩書きでコメントするから、ちょっぴり迷惑な人として当業界では知られている。

私も1ヶ月ほど前にこんな記事を書いた。

miurayoshitaka.hatenablog.com

そんな野村氏が痴漢事件の刑事弁護をしたことがあるという可能性はあまりないように思う。

まあ経験がないとしてもテレビで話した内容が正しいなら別に問題はないが。

 

実際このような評もあったが、仮に私のブログを含めた弁護士界隈の意見のパクりであっても、内容がよいなら一向に差し支えない。調べもせずに誤りを書くよりはずっとよい。

むしろ私は、正しい知識を広めたくて痴漢関連のブログを書いたのだから、野村氏のような著名な方が参考にしてくれるなら歓迎だし。

しかし、今日ようやく動画を見てみたところ、「ダメだこりゃ」と言わざるを得なかった。

www.news24.jp

以下、野村氏のコメントを要約しつつ添削してみる。

いつも学生の添削をしているだろうから、たまには添削されてみるのもいいだろう。

 

(1) のむしゅー先生の見解1

絶対に線路に立ち入って逃げるな。電車にはねられる危険、鉄道営業法違反、鉄道会社からの損害賠償請求といったリスクがある

【添削】

これ自体は誤りではないが、そんなことは誰でも知ってるし昔から変わらない。

10年くらい前には弁護士でも「逃げろ」と言う人が結構多かったが、事故死とか鉄道営業法違反とか損害賠償請求とかのリスクは当時も変わらずあった。それでも長期勾留のリスクなどと天秤にかけると、いちかばちか逃げた方がまだ合理的という判断が昔はあり得たわけだ。

だから、昔と今との差分を説明しない限り「逃げる」派を説得することはできないが、野村氏のコメントには差分の説明が皆無なのだ。

あと、線路に立ち入らずに駅構内を走って改札から逃げるという選択肢には言及されてないけど、それはどうなるの?

そして、あなたどうして別の罪とか損害賠償とか、痴漢事件と直接関係ない「おまけ」みたいなリスクだけ語ってるの?

「逃走することによって、後に捕まったときに勾留リスクが増す」という、同一の痴漢事件内で更に不利益な扱いを受けるリスクの話が本筋じゃないの?

のむしゅー先生の論拠だけだと、そんなおまけ的リスクならいっそ負っても勾留リスクを避けた方がいいだろうから、今でも「逃げろ」が説得力を持つということになっちゃうんじぇねえの。

(2) のむしゅー先生の見解2

駅事務室には行くな。行くと現行犯逮捕という扱いになる。そして逮捕後は、場合により最大20日間勾留される

【添削】

これ自体も明らかな間違いは言ってない。でも、ここが野村答案の致命的なところだと思う。これだけで一発不合格というレベルに致命的。

「場合により最大20日間勾留される」というのは間違いではない。でも、重要なのは「場合により」の内実。

痴漢事件で否認をすると、昔はたいてい勾留されていた。でも今はたいてい勾留されない。

この差こそが、「昔は逃げることも合理的だったかもしれないが今ではそうではない」という主張の論拠たりうる。だから私も、ブログでもマスコミ対応でもさんざんそこを強調してきた。

病気にたとえると、結核の死亡率が昔と今とで大きく違うようなものだと思う。

もちろん結核は、昔も今も怖い病気で「場合によっては」死ぬ。しかし死亡率は格段に低くなった。

「場合によっては死ぬ」とだけ述べたところで情報量はゼロに等しいし、結核になった段階で悲観して自死するといった不合理な行動を止めるだけの説得力もない。

(3) のむしゅー先生の見解3

「駅事務室に行かず弁護士を呼べ」

【添削】

ここも、これ自体は間違ってない。

でも、そもそも野村氏は前段で「逃走すべきでない」ということを全く論証できていない。

だから、「いや、駅事務室に行かないのはわかったけど、その場にとどまって弁護士呼ぶなんて面倒なことするより逃げたらよくね?」で終わりだと思う。

 

【総評】

予習をした努力は買えるが、最も重要なポイントを落としたため全体が台無しになっており、こういう答案をどう評価するかというのは赤ペン先生として悩むところだ。

台無しだから0点という評価もありうるし、努力を買って70点くらいという評価もあり得る。

まあ間をとって35点くらいにしておこうか。

 

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

40年以上前の殺人事件に公訴時効が成立しない理由を解説しよう

1.なぜ時効が完成していないのか

1971年の殺人事件の容疑で指名手配されていた被疑者(以下「A氏」とする。)が、別の被疑事実で逮捕されたという報道が話題を呼んでいる。なお私は被疑者段階での実名報道は拡散しないことに決めているから、本稿でも報道は引用しない。

40年以上前なら殺人罪でも公訴時効なのでは?なぜ公訴時効が成立してないの?との疑問がネット上に散見されるから解説しておく。

まず、1971年当時の殺人罪の公訴時効は15年だった。その後、殺人罪の公訴時効は2004年に25年に延長され、2010年には廃止された。

話題の事件は、発生当時は15年の公訴時効が適用される対象だったが、この公訴時効が完成する前の1972年に、共犯者とされる人物(以下「B氏」とする。)が起訴された。

刑事訴訟法254条2項は、共犯の一人に対して公訴を提起すると、他の共犯に対しても時効停止の効力があることを定めている。そのためA氏に対する時効の進行も、いったん停止した。

刑事訴訟法第254条  時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。

2  共犯の一人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有する。この場合において、停止した時効は、当該事件についてした裁判が確定した時からその進行を始める。

普通に裁判が進行すれば、先に起訴されたB氏に対する裁判が確定した時から、A氏の時効は再び進行を開始するはずだった。

ところが、先に起訴されたB氏が重い精神疾患にかかってしまった。

そこで、事件が高裁段階にあった1981年、B氏が「心神喪失」と認められて、刑訴法314条1項により公判手続が停止された。*1

刑事訴訟法第314条  被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。

2  被告人が病気のため出頭することができないときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。但し、第二百八十四条及び第二百八十五条の規定により代理人を出頭させた場合は、この限りでない。

3  犯罪事実の存否の証明に欠くことのできない証人が病気のため公判期日に出頭することができないときは、公判期日外においてその取調をするのを適当と認める場合の外、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。

4  前三項の規定により公判手続を停止するには、医師の意見を聴かなければならない。

この公判手続停止によって、B氏の公判がいつまでも続いていることになり、続いている限りはA氏の時効も完成しないという状況になった。

そして、B氏の公判停止状態が続いていた2010年に、殺人罪については公訴時効が廃止されたから、A氏の公訴時効も結局完成しないことが確定した。

事案の説明としてはこのとおり。

 

2. 時効廃止の効力って遡及するの?

ところで、「刑罰法規の不遡及」「事後法の禁止」という原則を聞いたことはないだろうか。

刑罰法規は、行為当時の法規が適用されるべきであり、行為後に刑罰法規が成立したり被告人に不利に改正されたりしても、行為後の法規をさかのぼって適用することはできないという原則だ。

憲法第39条  何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。また、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない。

前記のA氏は、事件当時には15年の公訴時効が適用される身分だった。B氏の起訴によって公訴時効が停止したとはいえ、B氏に対する裁判が確定すれば再び時効が進行するはずだった。

しかし、殺人罪等について公訴時効を廃止した改正刑訴法は、改正法の施行時点で既に時効が完成していた罪については遡及的適用はしないが、施行時点で時効が完成していない事件については遡及的に適用することとした。*2

このように、事件当時よりも不利に公訴時効制度を改正しておいて、これを遡及的に適用することは事後法として禁止されるんじゃないの?という疑問がないだろうか。

実はこの論点については最高裁判例がある。結論としては「公訴時効の廃止を遡及的に適用しても憲法39条、31条に違反せず合憲」というものだ。

公訴時効制度の趣旨は,時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある。本法は,その趣旨を実現するため,人を死亡させた罪であって,死刑に当たるものについて公訴時効を廃止し,懲役又は禁錮の刑に当たるものについて公訴時効期間を延長したにすぎず,行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない。そして,本法附則3条2項は,本法施行の際公訴時効が完成していない罪について本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとしたものである から,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない。 したがって,刑訴法を改正して公訴時効を廃止又は公訴時効期間を延長した本法 の適用範囲に関する経過措置として,平成16年改正法附則3条2項の規定にかか わらず,同法施行前に犯した人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの で,本法施行の際その公訴時効が完成していないものについて,本法による改正後 の刑訴法250条1項を適用するとした本法附則3条2項は,憲法39条,31条 に違反せず,それらの趣旨に反するとも認められない。

ここで最高裁は、合憲判断の理由として

(1)公訴時効の廃止や期間延長は、行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではないこと

(2)改正法は、施行時点で時効が完成していなかった罪に適用されるにとどまり、時効が完成済みの罪にまで適用されるわけではないから、被疑者・被告人となり得るものの既に生じていた地位を著しく不安定にするものでもないこと

を挙げている。

このうち、より重要というか、メインとなるのは(1)の理由付けだろう。

事後法の禁止は罪刑法定主義から導かれる原則だ。

そもそも罪刑法定主義が何のためにあるかまでさかのぼって考えてみよう。罪刑法定主義は、どんな行為が処罰の対象となるかを国が予め明示しておくことにより、市民の行動の予測可能性を確保し、自由な活動を可能にするために要請されると言われている。

こうした観点からみると、行為当時に犯罪でなかった行為を事後法で処罰できないのは当然だ。例えばある日から一定のポルノ作品の所持が犯罪化されたとして、その日以降そのようなポルノ作品を捨てなければならないのは仕方ないかもしれない。しかし、犯罪化以前に所持していたことまで処罰されるとしたら、これはどう考えても不正義だろう。

一方、公訴時効についてはどうか。法が犯罪と明示している行為をするにあたり、「この犯罪をしても時効はX年だからX年逃げ切れば処罰されない」という行為時点での予測を保護する必要がそもそもあるだろうか。ないのではないか。

このように考えると、「公訴時効の廃止や延長を遡及させても、行為時の違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではないからOK」という最高裁の理由付けには、説得力があると思う。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

 

*1:B氏は、結局回復することなく公判停止状態のまま2017年2月に亡くなったようである。

*2:法務省:刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律

フジテレビ出演よりもホッテントリ入りの方がPV増効果は大

痴漢関連の一連のエントリに反響が大きかったことから、ここ数日で立て続けに本ブログが各種メディアに取り上げられた。

メディアごとに、本ブログのPV数がどの程度増えたかを以下にまとめてみる。

 

1.  毎日新聞Web版

まずは、私が取材に応えた毎日新聞web版記事が、5月17日の17時01分にアップされた。見てのとおり、ブログエントリのタイトルまで載せてくれている。

https://mainichi.jp/articles/20170518/k00/00e/040/001000c

 

f:id:miurayoshitaka:20170522202813j:image

 

アップ直後の17時台から18時台にかけてPVが伸びているが、激増というほどではない。16時台1,367→17時台1,558→18時台2,362という推移。

 

2. 毎日新聞Web版がYahoo!ニュースに転載

上の毎日の記事が、同17日の18:39にYahoo!ニュースに載った。

直後にPVが激増。19時台には8,694となった。


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Yahoo!ニュースの影響力は圧倒的であることがわかる。

 

3. 毎日新聞朝刊

翌18日には、毎日新聞朝刊に、基本的に同内容の記事が載った。私は紙面を見たが、そこそこ大きい記事だったし、一面の目次にも見出しが掲載されていた。


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朝刊を読む人が多い6時台から8時台にかけてPVが増えているが、微増。

そもそもこの時間帯は寝ていた人が起き出して活動を開始するため、何もなくてもPVが増えていく時間帯ではある。

毎日新聞の朝刊発行部数は約300万部とのことだが、ブログに流入させる効果は小さいようだ。

 

4. 東京FM「クロノス」出演

翌19日の朝8時から、東京FMの「クロノス」という情報番組に電話で出演した。

3分間程度の短い出演だったし、ブログへの言及もなかったが、PVは少しだけ増えた。7時台209→8時台460。


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5. AbemaTV「AbemaPrime」出演

同19日の21時過ぎ頃からは、AbemaTVの「AbemaPrime」という報道情報番組に生出演した。

「痴漢の疑いをかけられた場合の対処法をインターネットで紹介している三浦弁護士」というような紹介をされたと記憶しているが、本ブログに直接の言及はなかったと思う。

 PVは、21時台207→22時台313。普段は増える時間帯ではないから、少しだけ効果はあったということになるだろう。


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6. フジテレビ「ノンストップ!」出演

今日22日の午前10時過ぎ頃から、フジテレビの「ノンストップ!」という番組にVTRで出演した。

ざっとググってみた限り視聴率4%程度の番組のようだ。数百万人が見ていた計算にはなる。しかも、本ブログがかなり大々的に取り上げられた。


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しかし、PVは少し増えただけだった。9時台266→10時台567→11時台503。


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平日午前10時台に家でテレビを見ている人は、痴漢問題に関心が薄い傾向があるだろうとは思う。

が、それを差し引いても、ここまで流入が少ないのは予想外だった。

なお、「テレビに出ると旧友から連絡が来る」という話はよく聞くが、実際、旧友からの「見たよ」という連絡は計3件あった。他メディアではこれは皆無だった。

 

7. まとめ

以上をまとめると、ブログのPV増という観点からは

Yahoo!ニュース掲載には絶大な効果あり

↑これのみ、はてブホッテントリ入り以上の効果が認められると思う。ここからはホッテントリ入りと比べても遥かに劣る効果しかなかった。

・全国紙Web版本体(Yahoo!ではなく)に載ることにも相応の効果あり

・その他のメディア露出は、いずれも効果はきわめて限定的

という結果になったといえる。

 

勿論、ブログのPVが増えないからといって発信力が低いとかいう話ではない。

地上波テレビや全国紙の紙面に載ってもPVがあまり増えないのは、単に利用している層が本ブログとあまり被らないからだろう。

被らない層にも私の言いたいことが届いたからこそ、わざわざ取材に応じた甲斐があったともいえる。

それにしても、地上波で大きく取り上げられてPV増効果がせいぜい数百というのは、さすがに意外すぎたが。

 

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

 

Wi-Fi時代に東京都のネカフェ規制は正当化されないのではないか

ときどき出先で仕事をしたいときにネットカフェに入る。

弁護士は高度の守秘義務を負っているから、飲食店などでは仕事はしにくい。したがってカラオケボックスかネットカフェを探すことになる。

ところで、東京都内でネットカフェに入るときは、いちいち身分証を提示して会員登録をしなければならないから面倒だ。

これは、ネットカフェ事業者に対して、利用客の本人確認を義務付ける都条例(通称「ネットカフェ条例」)のせいだ。(なお私のホームグラウンドの千葉県には、本ブログ執筆時点でこのような条例はない。ネットカフェを巡る法規制は、自治体ごとにまちまちのようだ。)

自宅のPCや自分名義の携帯電話からネット掲示板SNSなどに投稿すると、IPアドレスとタイムスタンプから契約者の特定が可能だ。

自宅PCや携帯電話であれば、契約者と投稿者は一致する場合が多いから、この仕組みを利用して発信者情報開示請求がなされている。

しかしネットカフェからの投稿の場合は、IPアドレスが特定個人に紐付いていないから、名誉毀損、犯罪予告などの違法な投稿がされても責任追及が困難になってしまう。*1

そこでネットカフェのIPアドレスでも特定個人までたどり着けるように、ネットカフェ事業者に本人確認を義務付けた。

これは制定当時においては一定の合理性があったと思う(当時から反対論は強かったが)。

でも、今はどうか。

今は飲食店などが、容易に店内にフリーWi-Fiを飛ばせる。こうした公衆のWi-Fi経由で客が違法な投稿をしても、投稿主を特定しにくいことはネットカフェと変わらないだろう。

しかし、客の本人確認をしなくても、フリーWi-Fiを提供することは禁止されない。ネットカフェだけ本人確認を義務付けられるのは不均衡ではないか。

「立法事実」という法律用語がある。

立法事実とは、「法律を制定する場合の基礎を形成し、かつその合理性を支える一般的事実、すなわち社会的、経済的、 政治的もしくは科学的事実」のことだ。*2

法規を制定して国民の自由を制限する以上は、その法規の裏付けとなる立法事実がなければならない。

例えば「AVを観ると性犯罪をするようになるからAVを禁止しよう」という法案が提出されたとしよう。性犯罪を防ぐという立法目的は、それだけ見ると正当な気がする。

だが、そもそも「AVを観ると性犯罪をするようになる」という事実はあるだろうか。この事実が論証されない限り、この法案は立法事実を欠く法案ということになり、もし成立したら表現の自由を侵害して違憲となる疑いが強い。

ところで立法事実は変遷することがある。社会の状況は常に変化しているから、制定時点では合理的だった立法でも、後に立法事実の裏付けを失う場合がある。*3

都のネットカフェ条例はわずか7年前に制定された条例だが、制定後に、ネット接続環境をめぐる社会状況は大きく変化した。その結果として、フリーWi-Fiなら本人確認不要だがネットカフェなら必要という不均衡が生じている。

不均衡が問題なら、フリーWi-Fiも法規制する方に揃えるという解決方法も理屈上はあり得る。

しかし、ただでさえ日本のWi-Fi環境の貧弱さが指摘されている昨今、しかも東京五輪を控えているのに、フリーWi-Fiの提供に本人確認を義務付けるというのは現実的ではないだろう。

それならば、ネットカフェの規制を撤廃する方向で揃えるのが合理的ではないか。

このままネットカフェ条例を存置したからといって違憲とまではいえないかもしれないが、都はこれを改廃するのが望ましいと思う。

私も面倒な思いをしなくて済むようになるし。

 

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

*1:発信者情報開示請求をしても、「そのとき店内にいた客のうちの誰か」というところまでしか特定できない。

*2:芦部信喜(1979)「憲法訴訟と立法事実」判例時報932号12頁。

*3:例えば2005年の在外邦人選挙権制限違憲判決、2008年の国籍法違憲判決は、立法事実の変遷を認めることにより違憲判断を導いている。

「情況証拠は弱い証拠」という誤解について

きわどい否認事件で有罪判決が出たり、その有罪判決が上級審や再審で覆されたりするたび、「そもそも情況証拠だけで有罪判決を出すのがおかしい」というネット民の意見が多数観察される。*1

今回は、このような意見が誤りであることについて書く。

togetter.com

上記のTogetterは、2012年に私がした連ツイなどがまとめられたもの。ここに出てくるやぎ氏は匿名だが刑事弁護に強い弁護士。高島章氏も百戦錬磨の刑事弁護人だ。

このTogetterは当時多数のPVを稼ぎ、今も「情況証拠」でググると1ページ目に出てくる。

だが、「情況証拠だけで有罪判決を出すのはおかしい」という誤った主張はいっこうになくなる気配がない。そこで本ブログでも解説しておくことにした。

情況証拠とは、直接証拠に対立する概念だ。

直接証拠と情況証拠は、

立証の対象である事実を認定するために、推認の過程を経る必要があるか否か

で区別される。

すなわち、

直接証拠とは、立証の対象である事実を認定するために、推認の過程を経ない証拠

一方、

情況証拠とは、立証の対象である事実を認定するために、推認の過程を経る証拠*2

という区別になる。

これだけだとわかりにくいかもしれない。

直接証拠において、事実認定のために推認の過程を経る必要がないのは、「その証拠が真実である」ということと「犯罪事実があった」ということが論理的にイコールの関係にあるからだ。

直接証拠の代表は自白。「私が甲氏を包丁で刺し殺しました。」との被告人の自白は、その自白が真実である限り、被告人が犯人であるということを直接示す。

だから裁判においては、その自白の任意性や信用性が争点になる。自白に任意性も信用性もあるなら有罪判決を出すことができる。*3

自白のほかには、犯行を直接目撃したという内容の目撃者証言や、被告人と一緒に犯行をしたという内容の共犯者供述も、その供述が正しいなら直ちに被告人が犯人だといえるから、直接証拠だ。

このように、直接証拠というのは基本的に全て供述証拠だ。*4

反対に、物証は基本的に全て情況証拠だ。*5

ここまで読んだ時点で、「情況証拠だけで有罪にするのはおかしい」という主張が誤っていることは理解してもらえたと思う。

しかし念のため具体例も挙げてみよう。

被告人が被害者宅に押し入って被害者を強姦した上、刺殺して金品を強奪した強姦・強盗殺人事件で、被告人が否認しているという事案を想定しよう。目撃者も共犯者もいない。つまり直接証拠は何もないとしよう。

  1. 死亡推定時刻の30分前に、帰宅した被害者の直後についてきた被告人が、被害者を玄関内に押し込む形で被害者宅に押し入った。(防犯カメラ映像により認定)
  2. 死亡推定時刻の20分後に、被告人が被害者宅玄関から出てきて走り去った。(同上)
  3. 死亡推定時刻の前後、被害者宅玄関から被害者宅に入った人物は被害者と被告人以外にいなかった。(同上)
  4. 被害者の膣内から採取された精液のDNA型が、被告人と一致した。(精液、鑑定報告書等により認定)
  5. 被害者が死亡した日の翌日、被告人の自宅から押収された出刃包丁に、被害者の血液が付着していた。(出刃包丁、鑑定報告書等により認定)
  6. 前記の出刃包丁の形状は、致命傷となった被害者の腹部の創傷と一致した。(同上)
  7. 被害者が死亡した日の翌日、被告人の自宅から、被害者名義のクレジットカードと、被害者の血痕が付着した紙幣数枚が押収された。(クレジットカード、紙幣、鑑定報告書等により認定)

この設例では情況証拠しかないが、被告人を有罪にするのは許されないことだろうか。むしろ真っ黒ではないだろうか。

このように、事実認定が直接証拠によるか情況証拠によるかという区別は、結論に至るロジックの立て方が異なるという区別に過ぎない。

直接証拠、例えば自白がある場合でも、その自白を安易に信用すれば冤罪が生じる。現に歴史上重大な冤罪事件は、厳しい取調べに耐えかねてした被告人の虚偽自白を安易に信用したことによるものが多い。最近話題の痴漢冤罪も、たいてい被害者供述を安易に信用したことで生じているから直接証拠型だ。

反対に、自白などがあっても、その信用性判断にあたり客観的証拠の裏付けを厳格に求める場合には、冤罪は生じにくくなる。

一方、情況証拠による事実認定でも、上の設例のように、犯行を推認させる力の強い情況証拠が集まっている場合には冤罪のおそれは低い。

反対に、一つ一つの情況証拠それ自体には「被告人が犯人であることと矛盾しない」という程度の意味しかなく、推認力の弱いものしか集まっていないのに、「合わせて一本」的に有罪としてしまうような場合は冤罪が生じやすい。*6

このように、事実認定が直接証拠によるか、それとも情況証拠によるかという区別には、どちらがより冤罪が生じやすいという法則はない。

新聞等の報道でも「直接証拠がなく、情況証拠による判断となった」などと述べる場合がよくあるが、上記の点に留意しつつ報道に接するとよいだろう。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

*1:「状況証拠」という表記がされることもあるが、本稿では「情況証拠」で統一する。「情況証拠」でなく「間接証拠」という場合もある。全て意味は同じ。

*2:具体的には、情況証拠によってまず間接事実(例:「被告人は犯行推定時刻頃現場近くにいた」「被告人は金に困っていた」等)を認定し、次に、認定された間接事実を総合して立証対象事実の有無を判断することになる。

*3:ただし自白が唯一の証拠である場合には、補強法則により有罪判決は出せない(憲法38条3項、刑訴法319条2項)。もっとも、客観的証拠と整合しない自白はそもそも信用性がないから、自白を信用できるのに自白以外の証拠が一切ないという事態は、実際には想定しにくいだろう。

*4:供述証拠以外では、犯行の一部始終を録画した映像を直接証拠と見る見解もあるが、私はこれは疑問だ。ビデオ映像は「この人が犯人です」と断定してくれるわけではない。単に、「犯行推定時刻に犯行現場で、被告人と酷似した人が△△の犯行をしている様子が防犯カメラに映っている」という間接事実を認定させるに過ぎず、やはり情況証拠と考えるのが理論的にはすっきりするように思う。

*5:前脚注のとおり、犯行撮影映像を直接証拠と見る場合には、犯行撮影映像は「物証だが直接証拠」という例外的な存在ということになる。

*6:この点、大阪母子殺人事件最高裁判決(最高裁平成22年4月27日判決・刑集64巻3号233頁)は、情況証拠によって有罪を認定するためには、「情況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。」と判示し、「弱い証拠をたくさん集めて合わせて一本」的な有罪認定は許されないことを示した。正当な判示である。(ただし現実に全ての裁判官がこのルールに沿った厳格な事実認定をしているかは別問題だが)