店員の隙を見て食い逃げしても処罰はされない
食い逃げ犯が検挙されたという報道をときどき目にする。詐欺罪で立件されるのが通常だ。
ところで、いわゆる「食い逃げ」にあたる行為でも、法律上処罰できない場合もあるのをご存知だろうか。
本ブログでは、個別の雑学的あるいは時事的なテーマを扱う場合でも、その件の結論だけを述べるのではなく、できるだけ法の基本原則に触れつつ、結論に至る論理の道筋をわかりやすく示すように心がけている。
本稿でも、「罪刑法定主義」「利益窃盗は処罰できない」という刑法の基本的なルールから説明してみよう。
1.利益窃盗は処罰できない
刑法 第235条 (窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
第236条 (強盗)
1 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
第246条 (詐欺)
1 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
第249条 (恐喝)
1 人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
代表的な財産犯である窃盗罪、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪の条文を並べてみた。
見てのとおり窃盗罪だけ第2項がない。
詐欺罪、強盗罪、恐喝罪の第2項は、通称「2項詐欺」「2項強盗」「2項恐喝」といって、形のある財物(お金や物)ではなく、形のない経済的利益をだまし取ったり(詐欺)奪ったり(強盗・恐喝)した場合に成立する罪だ。
反対に、第1項は財物に対する罪。
窃盗罪に第2項がないということは、刑法は窃盗罪については財物を盗み取った場合だけを処罰し、経済的利益を盗み取っても処罰しないという立場をとっていることを意味する。
犯罪とそれに対応する刑罰は、あらかじめ法律により定められていなければならないという原則が罪刑法定主義だ。
罪刑法定主義の帰結として、「類推解釈の禁止」が導かれる。
類推解釈というのは、平たく言うと、「事柄Aについて直接定めた条文aはないが、これと共通の立法趣旨をもつ事柄Bについて定めた条文bがある場合に、条文bを類推して事柄Aにも適用してしまおう」という法解釈のテクニックだ。
例えば、「この橋わたるべからず」という立て札があったとしよう。
この立て札の趣旨が「橋が老朽化して崩落しそうだから渡るな」という趣旨ならば、舟で渡ることは禁止されないと解釈できる。しかし、「この橋の先の俺の土地に立ち入るな」という趣旨なら、明文にはないが、舟で渡って立ち入ることも禁止という類推解釈が成り立つだろう。
法律は網羅的に定められているようで実はいろいろ穴もある。だから民事裁判では、この穴を埋めて実質的妥当性を確保するため、類推解釈がよく用いられる。*1
しかし刑事の場合は罪刑法定主義があるからそうはいかない。
犯罪と刑罰は予め明示された法に基づくことが絶対的要請だ。だから、法に穴があるなら穴のままにして被告人を無罪にしなければならない。
法の穴をかいくぐる人が続出して不都合があるなら新たに立法すべきであって、裁判官が融通をきかせて有罪にすることは許されない。これが類推解釈禁止のゆえんだ。
さて、類推解釈が禁止される以上、窃盗罪に第2項がないということは、形のない経済的利益を盗み取る行為は処罰できないと素直に解釈するほかない。これが「利益窃盗は処罰できない」ということだ。
2.食い逃げを処罰できる場合、できない場合
利益窃盗を処罰できないことから、いわゆる「食い逃げ」でも、刑法上処罰できる場合とできない場合が生じる。
以下、場合ごとに分けて説明する。
2-1.商品を注文した時点で代金を支払う意思がなかった場合
この場合はまったく問題ない。
支払う意思がないのに、支払う意思があるかのように装って注文し、商品の提供を受けている。だから商品という財物をだましとったことになり、1項詐欺が成立する。
2-2.商品を注文した時点で代金を支払う意思があったが、商品を受領してから気が変わって支払う意思がなくなった場合
この場合は、財物を受け取った時点では誰もだましていないから1項詐欺は成立しない。
処罰できるかどうかは、その後の食い逃げ犯*2の行動で決まる。
2-2-1.本当は支払う意思がないのに、店員に「財布を忘れたから取ってくる。戻ってきたら支払う」などと述べて店を出た場合
この場合は2項詐欺が成立する。食い逃げ犯は支払う意思がないのにあるかのように装って店員をだまし、店員はだまされたことにより、支払いを猶予して外出を許可するという利益を食い逃げ犯に与えた。だから食い逃げ犯は経済的利益をだまし取ったことになり、2項詐欺だ。
2-2-2.支払う段になって店員に暴力をふるったり脅迫したりして支払いを免れた場合
この場合は、2項恐喝か2項強盗(恐喝と強盗の区別は、どの程度強い暴行・脅迫をしたかによる。)。食事代金の支払という債務を、暴行や脅迫によって免れているから。
2-2-3.店員の目を盗んで逃げ出した場合
この場合は処罰できない。
なぜなら、食い逃げ犯は、注文をして商品という財物を受け取った時点では代金を支払う意思があったから、誰もだましておらず、1項詐欺は成立しない。
そして、店を出る段階でも、誰のことも騙したり脅したりしていないから、2項詐欺や2項強盗も成立しない。
このケースで食い逃げ犯がやったことは、代金を支払うという債務の支払を、店員の目を盗んで逃げることにより免れているわけだから、まさに利益窃盗にあたる。*3*4
3.利益窃盗を処罰するとどうなるか
先の食い逃げの事例だけ見ると、現行刑法が利益窃盗を処罰しないのは妥当でなさそうに思える。
そこで刑法を改正して利益窃盗を処罰することにするとどうなるか。
- 当初は返すつもりで金を借りたが、後に返せなくなって逃げ回っている。
- 立ち読みお断りの本屋で立ち読みをした。
- NHKの料金の直近の集金がまだ済んでいないことに気付いていたが、急に引っ越しが決まったので払わないまま黙って出て行った。
- スタジアムの近くの高層マンションに住んでいる人が、自宅のベランダから勝手にスタジアムの競技を観戦した。
- 公共の場でたまたま隣にいた人がWi-Fiにパスワードを設定していなかったのでこれを使った。
このような行為がことごとく利益窃盗として処罰される可能性がある。これでは処罰範囲が広がりすぎて妥当とはいえないだろう。
借金を踏み倒すのもNHKの料金未払のまま転居するのもよくないことだが、刑罰を与えるまでもなく、民事的に解決すれば足りる話と考えるのが常識的ではないか。
このように、利益窃盗を処罰すると処罰範囲が際限なく広がることから、立法者は利益窃盗を処罰しないという選択をした。
その結果、先の食い逃げのように部分的に不都合が生じるとしても、罪刑法定主義を、ひいては自由な社会を守りたいならこの不都合は受け入れるしかないのだ。
京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表
弁護士 三浦 義隆
*1:法解釈には、直観的に妥当そうな結論を導くために理屈をこねる技術という側面がある。法は一般の方が思うほど杓子定規なものではない。
*2:処罰できない場合は本当は食い逃げ「犯」ではないが、便宜的にこの表現を用いる。
*3:「これを読んで食い逃げを試みる人が出たらどうする」といった指摘を受けたので念のため追記しておく。
まず、これを読んで食い逃げを試みる時点で最初から支払う意思がないのだから、それは単なる詐欺犯だ。
最初から食い逃げをするつもりで食い逃げをしておいて「最初は支払うつもりがあった」と言い逃れをする人が出たとしても私の知ったことではないし、捜査機関や裁判所が、そうやすやすとそんな言い訳を認めてくれるはずもない。
*4:「民事責任に言及がないのがけしからん」という指摘も受けた。私は本稿で最初から最後まで刑事責任の話しかしていないから民事の話が出てこないのは当たり前だ。
だが、本稿の読者は非法律家を想定しているので、刑事と民事の区別もついてない人が多いであろうことを考慮しこれも念のため追記。
本来支払うべき代金の支払を逃れているのだから、当然民事責任は免れない。飲食代金には年5%または6%の遅延損害金を付して支払わなければならないし、飲食店にその他の損害(捜査対応に要した人件費相当額とか)が生じた場合はその損害も賠償する義務を負う。