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弁護士三浦義隆のブログ

流山おおたかの森に事務所を構える弁護士三浦義隆のブログ。

痴漢を疑われても逃げるべきではない理由

痴漢を疑われた人が逃走し、ビルから転落して死亡したという事故が起きてしまった。

www3.nhk.or.jp

痴漢を疑われた場合にどのような対応をすればよいかについては、弁護士の間でも意見が分かれていた。この機会に私の意見を述べておこう。

まず、駅事務室などに同行を求められても絶対に行ってはいけない。

あなたが痴漢の疑いをかけられた。駅事務室に同行を求められそれに応じた。任意で同行しただけであり身柄拘束などされていなかった。としよう。

でも後に警察に引き渡されたら、「まず私人*1が現行犯逮捕し、被疑者を警察に引き渡した」ことにされ、適法な逮捕の体裁を整えられてしまう。*2

だから行ってはいけない。

ではどうすべきか。

自らの身分を告げる等して平穏に立ち去ることができればベスト。

この点は弁護士間にもおそらく異論がないだろう。*3

しかし、実際には、被害申告者や駅員の側も平穏に立ち去らせてくれない場合が多いだろう。その場合どうすべきかが問題だ。

従来、弁護士の中には「走って逃げろ」との見解を述べる人もいたが、私はこれには反対だ。

走って逃げ切れればいいが、今はあちこちにビデオカメラもある。現に逃走している以上、逃亡や罪証隠滅のおそれは高いとみられるから、尻尾をつかまれた場合には、むしろ逮捕・勾留のリスクが高まる行為だ。

偶然逃げ切れればラッキーだが、そういう都合のいい展開を前提としたアドバイスは法律家のアドバイスとはいえない。金の請求をしてくる奴がうっとうしいならそいつを殺して埋めればいい。運がよければバレない。というアドバイスと本質的には違いがないと思う。

note.mu

上記の記事にもあるとおり、痴漢を疑われ、取り囲まれるなどして立ち去らせてくれない場合は、

「その場を動かず弁護士を呼ぶ」*4*5

というのがベターな選択だろう。

先に私は、ベストな選択として「平穏に立ち去る」と述べた。

実は、「平穏に立ち去る」と「その場を動かず弁護士を呼ぶ」は別々の選択肢ではない。「平穏に立ち去る」を実現するための手段が「弁護士を呼ぶ」だ。

その場に駆けつけた弁護士は、現状がいかに逮捕要件を満たさないかを論じ、逮捕しなくても被疑者が逃げも隠れもしないことを示して、法的には被疑者は今すぐ帰されるべきなのだということを論証するだろう。

私のクライアントは法的には今すぐ帰れる身分なのだから今すぐ帰るね。後で呼び出してくれれば逃げも隠れもしないからね。何なら後日、俺も付き添って警察署に出頭するよ。でも今日はとりあえずバイバイ。というわけだ。

弁護士を呼べば、このように平穏に立ち去れる可能性が高まる。

上記は逮捕を避けるための方策だ。

しかし、もし弁護士を呼べなかったり駅事務室に連れ込まれたりしてあえなく逮捕されてしまったとしても、そんなに悲観する必要はない。落ち着いて、「当番弁護士を呼んでくれ」と警察官に言おう。無料だ。*6

「どうせ逮捕された時点で人生終わりだから危険を冒しても逃げた方がいい」みたいなネット通説は誤りだ。正確にいうと、10年前ならある程度正しかったかもしれないが、今は誤りになりつつある。

「行列のできる」とかに出ている先生方は今の刑事事件の実務をご存じないのかもしれないが、例えば近時の東京地裁・簡裁では、痴漢事件は否認していても勾留しないのが原則的な運用のようだ。他の裁判所でも、いわゆる人質司法が徐々にだが是正されてきている。当番弁護士を呼んで勾留阻止の活動をしてもらえば、勾留される可能性はいっそう下げることができる。*7*8

逮捕段階での拘束は2~3日。病欠とかで余裕でごまかせる範囲だ。それが勾留されると+10日になる。勾留延長されればさらに+10日で、計23日。 23日も娑婆に出られないのは致命的だ。*9

昔は否認していれば勾留されるし勾留延長もされるのが当たり前だった。映画「それでもボクはやってない」は10年ほど前の作品だが、その頃はたしかにそうだった。でも今はそうではない。

痴漢を疑われた被疑者が転落死した事故は都内で起きたようだ。この人は、「痴漢を疑われた時点で人生終わりだから逃げるしかない」みたいなネット風説の被害者かもしれないと思う。

実際には、逃げなくても2,3日で釈放された可能性が高いのだから。*10

*11

 

続編:痴漢を疑われた場合の弁護士アクセス手段をいくつか挙げておこう

続々編:痴漢冤罪問題は刑事司法問題の縮図だ

 

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

http://otakalaw.com/

 

*1:被害申告者本人とか、周りの乗客とか。

*2:ちょっと細かい内容なので脚注に落として書くが、重要なので興味のある方は読んでほしい。

痴漢を疑われた被疑者が任意に現場にとどまっていたが、身柄は拘束されておらず、私人による現行犯逮捕はされていないと評価できる状況だったとしよう。

そこに警察官が通報を受けてやってきた。被害申告者が警察官に対し、「この人に痴漢されたんです」と述べた。逮捕できるか。

実はこの状況では法律的に逮捕できないのだ。

現行犯逮捕なら、被害者や目撃者等が逮捕しないといけない。通報を受けて後からきた警察官は現行犯逮捕できない。

そこのハードルを越えるために、「警察官が来たときにはもう私人により現行犯逮捕されていて、警察官は身柄の引き渡しを受けただけ」というロジックが用いられる。

でも、駅事務室に「連行」されて閉じ込められていればともかく、頑強にホームで突っ立っていれば、もう逮捕済みというロジックはさすがに使えないだろう。

その場合どうするか。正攻法に戻って、裁判所に逮捕状を請求するしかない。逮捕状請求となれば時間がかかる。その間に弁護士も呼べるし対策もできるだろう。

*3:弁護士は皆「逃げろ」と言っている、という認識を抱いてる人は、平穏に立ち去ることと逃走することの区別がついてないために、「立ち去れ」も含めて「逃げろ」と言ってると誤解している可能性がある。

*4:弁護士を呼ぶ方法としては、知り合いの弁護士がいればその人に連絡。いなければ最寄りの弁護士会に電話して派遣してもらおう。

*5:痴漢の疑いをかけられるのは通勤時間である9時前の可能性が高く、弁護士会も法律事務所も開いてないのではとの指摘があった。確かにそれはそう。

だから知り合いの弁護士がいれば携帯やSNS等の直通連絡先を聞いておこう。

いないなら9時までその場を動かず頑張る。

あと、これはダメ元だが、9時まで粘る間に、Twitterなどで「拡散希望。今○○駅で身に覚えがないのに痴漢の疑いをかけられ、駅員に取り囲まれています。これをご覧になった弁護士さんは至急▲▲にご連絡をください」などとやるのも手。私のTLにそういう書き込みが上がってきたら手が空いてれば連絡すると思う。

最後に、知り合いじゃなくても私が駆け付けられる範囲の現場なら、miura@otakalaw.comにメール、またはTwitter(@lawkus)にDMくれてもいいですよ。これも手が空いてれば即対応します。私自身が手が空かなくて行けなくても、知り合いの弁護士2、3人に当たってみるくらいはする。メールよりDMの方が反応速いかも。私が駆け付けられる範囲というのは、まあ千葉県北西部、東京23区内、埼玉県南部、茨城県南部あたりか。費用は私なら1時間2万円かな。

*6:当番弁護士とは、弁護士会がボランティアで弁護士を派遣してくれる制度。呼ぶとその日の当番の弁護士が、原則当日中に来てくれる。当然これだと担当弁護士を選ぶことはできないので、信頼できる弁護士に伝手があるなら、当番弁護士でなく「◯◯事務所の△△弁護士を呼んでくれ」でもよい。

*7:東京地裁:痴漢で勾留、原則認めず 「解雇の恐れ」考慮 - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20151224/ddm/002/040/129000c

*8:勾留請求:却下急増 「裁判員」後、厳格運用 全国地裁・簡裁 - 毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20151224/ddm/001/040/132000c

*9:私の担当した範囲では、逮捕はされたが勾留はされず2、3日で釈放されたというケースで、勤務先をクビになるなどの社会的制裁を受けた人は今まで1人もいない。というか、勤務先にバレた人が1人もいない。実は逮捕段階では家族等は接見できないのだが、弁護士だけは接見できる(勾留後は家族等も接見できる)。接見できるから、解雇を避けるため、親族に頼んで欠勤連絡をしてもらう等の段取りもできる。2、3日の欠勤は風邪等でも普通に起こりうるから、通常はさほど問題は生じないだろう。一方、勾留されてしまうと解雇されるケースが目立つ。

*10:なお、本稿は、怖いのは身柄拘束であって、その後の裁判そのものは、身柄拘束に比べたらあまり重大な問題ではないという前提で書いている。それが私の実務家としての感覚だからだ。

仮に否認したまま在宅で起訴されたとして、無罪が取れればめでたしめでたし。だが仮に有罪になっても、同種前科などなければ執行猶予がつくはず。有名人とか公務員とかでない限り実名報道される可能性も低いだろう。在宅起訴なら勤め先にも普通はバレない。

勿論、やってないのに有罪判決を受けてしまったらそれは本来あってはならないことだ。執行猶予前科がつくという不利益もあるにはある。海外渡航や公務員就職などには支障をきたすかもしれない。しかし、長期勾留されることによる解雇などの不利益に比べたらこれらの不利益は小さい。

*11:「連絡できる弁護士なんていないよ」という反応が多すぎてめんどくさいので、希望者には私の携帯番号をお教えすることにする。件名に【痴漢連絡用携帯番号希望】と明記して、本文に住所氏名電話番号を記載し、miura@otakalaw.comにメールをくれれば教えます。ただしプライベートの番号なので、痴漢の疑いをかけられている等の緊急の場合以外はかけないでね。