弁護士三浦義隆のブログ

流山おおたかの森に事務所を構える弁護士三浦義隆のブログ。

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三浦 義隆(千葉県弁護士会所属)

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おおたかの森法律事務所

おおたかの森法律事務所 -流山の身近な弁護士-

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【ご相談について】

法律相談は顧問先企業様を除き、電話やメールでなくご来所いただくのが原則ですが、相談予約までは電話、メール、twitterのDM等でも承ります。

電話・メール等で簡単にお話を伺って(これは無料です)、必要ならば予約を入れてお越しいただくという流れになります。

相談料は、下記の主な取扱分野については初回無料です。

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【主な取扱分野】

離婚・不貞慰謝料

遺言・相続

債務整理(自己破産・任意整理等)

労働事件(不当解雇・残業代請求等)

交通事故

建物明渡請求

企業法務(顧問弁護士としての活動等)

就業規則作成

 

 

 

慶大生6人不起訴事件と日馬富士事件に通底する問題

久しぶりの更新。

 1. 慶大生6人事件にみる公益と私益の相克

1-1. 不起訴の背景には示談成立→告訴等の取り下げがある可能性が高い

慶大生6人が女子学生を酒に酔わせて集団で姦淫した容疑で書類送検されていた件は、不起訴になったようだ。

私は被疑者を実名とする事件報道は原則的に拡散しない方針をとっているが、以下の記事は匿名なので貼っておく。

www3.nhk.or.jp

不起訴といっても嫌疑不十分なのか、それとも起訴猶予*1なのか、理由は判然としない。

判然とはしないが、上記の記事によれば、示談が成立したという捜査関係者からの情報があるようだ。嫌疑不十分なら別だが、6対1の集団準強姦で起訴猶予になるのは示談が成立しないと困難と思われるから、示談成立という情報はおそらく正しいだろう。

1-2. 集団準強姦罪は親告罪ではないこと等

従来親告罪*2だった強姦罪*3や強制わいせつ罪は、今年7月13日施行の刑法改正により親告罪でなくなった。

しかし、慶應6人事件の被疑事実は刑法改正前の集団準強姦罪*4であり、集団準強姦罪は刑法改正前から親告罪ではなかった。

だから、法的には、示談が成立して告訴や被害届が取り下げられたとしても、検察官は被疑者を起訴することが可能だった。

1-3. 公益を重視すれば起訴、私益を重視すれば不起訴に傾く

法的には起訴できるのに不起訴になったことから、ネット上には検察の判断を非難する声が散見される。

しかし、集団準強姦という性的な犯罪について、被害者が起訴を望まないのにこれを起訴し、公開の法廷で裁判をするということが本当に妥当だろうか。

仮に被疑者ら6人がクロだとすると、公益の観点からは、裁判をして被告人を処罰する方がよいだろう。お咎めなしでは本人も同じことを繰り返すかもしれないし、「女性を酔わせて輪姦しても不起訴ですむ」というメッセージを世間の性犯罪者予備軍に与えてしまうかもしれない。

一方、被害者の利益という観点からはどうか。

被害者としては、既に示談により賠償を得て民事の側面が解決済みなら、敢えて刑事の法廷で証言したりしたくないという判断は充分あり得る。被害者がそのような判断をして告訴や被害届を取り下げた場合、被害者の利益を優先するなら起訴は差し控えるのが妥当だろう。

その場合に敢えて検察官が起訴を強行することは、被害者の私益よりも公益を優先する判断である。

一般論として、刑事手続において、公益を被害者の私益に優先させる判断をしていけないわけではない。

刑罰は、犯罪を予防し社会秩序を維持するという重要な公益を担っており、刑事裁判は被害者のためだけにあるわけではない。だから法は、起訴権限を検察官に独占させ、被害者などの関係者が私的に起訴したり起訴をやめたりすることはできない制度をとっているわけだ。*5

しかし、強姦や強制わいせつといった犯罪については、国家刑罰権の実現という公益を諦めてでも被害者の意思という私益を優先させる。これが、従来強姦等の罪が親告罪とされてきた所以であった。

刑法改正により非親告罪化がなされても、強制性交等罪や強制わいせつ罪が、他の犯罪以上に被害者のプライバシーに配慮を要する犯罪であるという点は変わらない。だから非親告罪化後も、被害者の告訴や被害届がない場合は、ほとんどのケースで検察官は起訴を差し控えるだろう。そして今回の慶應のケースでも、そのような判断により検察官は起訴を差し控えた可能性が高い。

せっかく非親告罪でも結局告訴等がなければ起訴されにくいという運用について、「そんなことでは性犯罪を予防できない」という公益的観点からの批判は当然あってよい。

しかし、そのような批判は、要するに「被害者の意思を尊重するな」と言っているわけだから、あくまで公益的観点からの批判であって、被害者に寄り添ったものではない。

不起訴の判断を批判する論者も、その点は自覚すべきだろう。

 

2. 日馬富士暴行事件にみる公益と私益の相克

このところ最も世間を騒がせた日馬富士暴行事件も、公益と私益のジレンマという観点で見ると、慶應の件と通底するものがある。

ネット世論を見ると、私の観測範囲では、貴乃花親方を支持する声が圧倒的に強い。*6

私も、貴乃花親方が相撲界からの暴力追放という動機で動いているならば、その動機は正しいと思うし、支持できる。

しかし、この件について、ネット上で「被害者が被害届を出すのは当然の権利だ。それを妨げようとする協会はけしからん」という類の論調が多い点はやや疑問だ。

貴乃花親方は被害者ではないからである。

言うまでもないことだが、被害者は貴ノ岩だ。

今回の件で貴ノ岩と貴乃花親方の立場を単純に「被害者側」として一括に考えられるかについては疑問がある。報道されている経緯が正しいとすれば、貴ノ岩本人は当初は丸く収めようとしていたが、貴乃花親方がこの件を重大視して被害届を提出したという事情のようにも見えるからだ。*7

そうだとすると、貴乃花親方は、先の慶應の件になぞらえていうと、「被害者が告訴を取り下げても敢えて起訴する検察官」のような立場に立っている可能性がある。

つまり、貴乃花親方が相撲界からの暴力追放という公益を追求した結果、貴ノ岩本人の私益は無視されている可能性があるということだ。

以前にも傷害致死事件があったことを考えると、相撲界から暴力を追放する必要性は高い。したがって、この件を表沙汰にした貴乃花親方の判断は、仮に貴ノ岩の意思に反していたとしても肯定的に評価できると思う。

しかし貴乃花親方の行動に正当性があるのはあくまで公益的観点からであって、「協会が被害者を抑圧している」というような単純な図式で捉えきれない問題であることは指摘しておきたい。

 

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

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*1:検察官としては嫌疑十分と考えるが情状を考慮し不起訴にすること。

*2:告訴がなければ公訴を提起できない犯罪

*3:現在の強制性交等罪。

*4:7月13日施行の刑法改正により集団準強姦罪は廃止。

*5:このように、国家機関が訴追を行い、私人による起訴を許さない制度を国家訴追主義という。このうち、国家機関の中でも検察官のみが起訴を行うことができる制度を起訴独占主義という。日本の刑訴法は、原則的に国家訴追主義・起訴独占主義を採用している。刑訴法247条。

*6:もっとも、私がtwitterで見ている範囲には、暴力や不合理な私的制裁を嫌い、法による解決を好む人が元々多いと考えられるから、バイアスはかかっていると思う。

*7:もっとも、貴ノ岩は報復等の後難をおそれて騒ぎ立てることを躊躇していただけであり、これを貴乃花親方が勇気づけた結果、貴ノ岩自身も被害届提出を望んだという可能性もある。この場合は貴乃花親方と貴ノ岩の立場を同視することが可能だろう。

不倫カップルにありがちなこと

8月は異様に忙しく、ブログの更新を怠っていた。月も変わったことだし、ここからまた更新ペースを上げていこうと思う。

更新しないでいる間にやや古い話題となってしまったが、はてな元CTOである伊藤直也氏の不倫騒動というのがあった。

不貞相手の女性であるA氏が伊藤氏に対しての怨恨からか、自らのブログで不貞関係を詳細に、画像付きで暴露したことに端を発した騒動だ。

相手女性A氏のブログは、現在は非公開になっているようだが、伊藤氏自身による釈明ブログは現在も公開されている。

d.hatena.ne.jp

弁護士であり、日頃から不貞に絡む紛争を多数扱っている私は、このブログを読んで、「あるあるだなあ」「不貞男が相手女性から恨まれる典型的なパターンだなあ」という感想を持った。

以下、伊藤氏ブログの記述を引用しながら、不貞カップルにありがちなパターンを示していきたい。 

 

1. 精神的に不安定な当事者が不貞関係にはまりこみがち

当時 A さんが何度かプライベートのことで落ち込み、死にたいということも含めて私に相談することがあり、それをケアするようになってから関係が深くなっていったように思います。

 A氏は交際前から精神的に不安定な状況だったことが窺われる。これはよくあるパターンだ。

精神的に弱っている状態の人は他者に救いを求めがちなせいか、不貞の恋愛関係にはまりこむケースが目立つ。男の側も必ずしも身体だけが目的というわけではなく、それなりに真剣に相手女性のことを気にかけ、精神的に支えようとするケースが多いようだ。

しかし不貞関係という時点でいろいろと無理があることから、結果としては相手女性の精神状態は悪化しただけに終わることが多い。精神状態の悪化によって、暴露などのやけっぱちな行動に出る当事者も珍しくない。

2. 既婚男性の側は離婚する気などないのに離婚を示唆したりしがち

しかし既婚者であり離婚は考えてはいなかった私は、彼女の人生に責任を取ることができないとわかっていました。それにも関わらず関係を深めてしまったことが、最終的に A さんを大きく傷つける結果を招きました。

これがありがちなパターンなのは、弁護士でなくても知っていると思う。不貞関係が結実して、前の配偶者と離婚し不貞相手と再婚するケースもときどきあるが、例外的だ。既婚男性が独身女性と交際する場合、男は離婚する気など最初からないことが多い。

ただしこの点は、既婚男性が不貞相手の女性に対し、離婚する気はないことを誠実に告知さえしていれば、別に責められるいわれはないであろう。相手女性としても無理矢理恋愛させられたわけではないのだから、結婚できないからといって被害者ぶる道理はない。

もっとも、実際には、既婚男性は不貞関係を継続するため離婚を約束したりほのめかしたりする場合が多い。これをしてしまうと相手女性の怒りと恨みを買い、妻だけでなく相手女性との間でもトラブルとなるリスクが高まる。

なお伊藤氏のブログは、その場しのぎの言動を繰り返してA氏を傷つけたことを率直に認めており、その点は評価できるが、「伊藤氏がA氏に対し妻との離婚を約束したりほのめかしたりしたことがあるのか、それとも全くないのか」という点には触れられていないようだ。

3. 不貞男性は相手女性に妻の悪口を言いがち

婚姻関係にありながら A さんと交際する中、私は A さんにお酒の席や LINE などで、家庭の悩みや愚痴を打ち明ける機会が増えました。その愚痴には誇張も多数含まれています。今回 A さんが書かれたブログには、その打ち明け話を元にした妻の姿も記載されていますが、それらは実際の妻とは異なります。私は、私が原因でうまくいってない家庭の悩みを妻のせいにして、それを A さんに伝えてしまっていました。その話が膨らんで、妻の虚像の元になってしまっています。

これもありがちすぎる話だ。不貞男性は、相手女性に対し、事実もそうでないことも含め、妻の悪口を言いがちである。それが相手女性に対するサービスになる(少なくとも不貞男性はそう思っている)からだ。

ところで、伊藤氏ブログには「私は、私が原因でうまくいってない家庭の悩みを妻のせいにして、それをAさんに伝えてしまっていました。」との記述があるが、「なぜ妻のせいにして伝えたのか」という点には触れられていない。要はA氏の歓心を買うため妻の悪口を吹き込んだということなのであろう。

4. なぜか妊娠しがち

A さんはちょうど私と関係が深まったころに、Aさんの避妊を止めました。私はそれを知りながら、かつ妊娠の可能性もわかっていながら避妊なしでの性交渉に及びました。

これもよくある。結婚の可能性がなく、婚外子として産み育てる覚悟もないなら避妊はするのが当然で、合理的に考えれば避妊しないという選択肢は双方ともないように思える。しかし当事者間の心の中には、避妊しないという選択肢が浮上してしまうことが往々にしてあるらしい。

これは私見だが、不貞の恋愛関係においては、リスクを避けた行動をとることが相手方に対する真剣さを疑わせる要因となるため、敢えて高リスクな行動をとることで相手方に迎合するという心理が働きがちなようだ。しかしリスクを取っておきながら、そのリスクの結果を引き受ける気はないので、妊娠すると中絶することになるのが普通である。*1

5. 不貞男性は関係継続を相手のせいにしがち

何度か避妊をしたいと A さんに伝えたこともあったのですが、日頃 A さんの申し出を否定すると A さんがリストカットに走ったり、ネットに私のことを公にすると迫ることがあり、それが怖かったこともあって結局は避妊せずに性交渉を続けてしまいまいした。

A さんをすぐに警察につれて行かなかったのは、私の中でも本当にそれをしていいのかと、ずっと躊躇があったからです。被害届を私が出すことで、警察は警告を含め動くことができると言われましたが、それをしたときに何が起こるか想像すると怖くて、すぐには決心できませんでした。結果、警察に相談したにもかかわらず軟着陸できないものかと、ずるずると関係を続けました。 

このように、不貞男性が不貞行為を続けた理由として、「相手女性が自傷他害に及ぶかもしれない」というおそれを持ち出すのも典型的なパターン。

A氏が実際にこのような言動をしていたかは真偽不明だが、後に画像付きで全世界に暴露したり自殺を示唆したりするという極端な行動に出ていることからすると、交際中にもこういう言動があったとして不思議はない。だから、「A氏の言動による恐怖から関係を断ち切れなかった」という伊藤氏の主張も一面では真実かもしれない。

しかし、不貞関係の事件で、「女性から脅されるなどして渋々関係を継続した」と主張する男性のメールなどを見ると、男性もそれなりに積極的に不貞関係を維持しようとしており、かつ不貞関係を楽しんでいたようにしか見えないケースがほとんどだ。

伊藤氏のケースがそのようなケースなのか断定はできないが、一般的には、「相手女性をなだめるためにしょっちゅう会って無避妊でセックスしていました」というのは信用されにくい主張であろう。

6. 不貞男性は指輪などを贈りがち

2016年の年末には、A さんから指輪を買ってほしいとせがまれました。それまで A さんには、生活費と称してほぼ毎月、いくばくかのお金を渡していました。12月はそのお金はいらないから、それを指輪に回してほしいとお願いされました。このとき買った指輪を、A さんは婚約指輪だと認識したようでした。これは最近、初めて知ったことでした。

 不貞カップル間で指輪購入などの象徴的行為が行われているケースにもしばしば接する。

伊藤氏は、A氏からせがまれて自ら贈った指輪がA氏に婚約指輪と認識されたことを「最近初めて知った」と主張している。明示的に婚約指輪と言って贈ったものでないのは真実としても、恋人間の指輪贈与の持つ象徴的な意味について、いい大人が全く意識していなかったというのはどうだろうか。月々もらっているお金を辞退してまで指輪にこだわる相手女性の心理に、全く気づかないまま指輪を贈るということがあるだろうか。

ところで、伊藤氏が贈ったのはどちらの手の第何指に着ける指輪だったかについて、伊藤氏ブログには記述がないようである。

7. 不貞男性は手の平を返しがち

いま思えば、私のやり方は非常に良くなかったと思っています。後に A さんも、もっとちゃんと話し合いたかった、突然警察に連れて行かれて何が何だかわからなかったと言っていました。私は、自分は脅迫されているという恐怖心と被害者意識が非常に強くなっていたため、A さんとじっくり話すということよりも、関係を解消するということに焦ったんだと思います。そして、私はそもそも既婚者であったり、A さんの申し出に曖昧な返事しかしてこず状況を悪化させたり、妊娠と中絶の件であったり、そして妻を深く傷つけていることなど自分にたくさん取り返しのつかない非があることも内心わかっていました。しかし、自分は脅迫されていた、こうするしか方法がなかったという被害者意識に逃げ込み、それら自分の非を認めることができていませんでした。

この引用部分の直前に、別れ話が出て以降の伊藤氏とA氏の間の一連のいざこざが記述されている。このように、妻にバレるなどして不貞が発覚した後の男性が、相手女性をストーカー扱いする等して、不貞関係を続けた責任を相手女性に転嫁するというパターンも非常に多い。

もっとも、伊藤氏とA氏のケースにおいては、最終的にA氏がとった暴露という行動と合わせ考えても、本当にA氏の言動に脅迫的、ストーカー的要素があった可能性は否定できない。

しかし、伊藤氏のケースはともかく一般的には、実際にはストーカーでもなんでもない相手女性をストーカーということにして、自ら積極的に不貞行為を続けていた側面をなかったことにし、相手女性を悪者にして妻の許しを乞おうとする男性が驚くほど多い。

このような手の平返しの責任転嫁は卑怯な行動ではあるが、どちらにもいい顔をすることがいよいよできなくなったとき、優先順位は妻の方が高いということを考えれば、本人にとっては合理的な面もあるだろう。既婚者と知って恋愛関係に入る以上は、このように手の平を返されて恋人の醜い面を見せられる結末になる可能性があることも、覚悟しておく必要があるかもしれない。

この点、伊藤氏ブログの記述によると、同氏は今は被害者的態度にとどまることなく、「被害者意識を盾に、自分の間違いを認めることから逃げてしまった」と述べているので、比較的誠実な部類のように思う。

8. まとめ

このように、弁護士の私が伊藤氏のブログを読むと、その内容は既視感のあるものばかりだった。

不倫に限らず恋愛の渦中にある人は我を失いがちなものだから、自分が悲劇の主人公であるような気持ちになって、自分の置かれた状況を特別なものと思い込みやすいかもしれない。

しかし、個々の当事者にとっては特別な恋愛であっても、他人の男女関係に首を突っ込む稼業の者から見ると、「ああ、またこの種の案件か」と苦笑いするような、教科書どおりのパターンを辿っている話でしかないことが多い。 

不貞の恋愛関係にはまり込んで抜け出せず苦しんでいる人がいたら、一度冷静になって、「私の恋愛や恋人は特別なものでもなんでもなく、よくある不倫話とかよくいる不倫男にすぎないのではないか」と客観的視点を持つよう努めてみるのも有益かもしれない。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

http://otakalaw.com/

 

 

*1:なお、「避妊しない」の意味も多義的だが、「コンドームを装着せず膣外射精をしていた」というレベルかと思いきや、それどころではなく、「日も選ばずに膣内射精をしていた」という話である場合が多い。膣外射精でも妊娠リスクがあることは誰でも知っていると思うが、何もしないよりは遥かにマシであり、ある程度は防げる。それすらしないというのは、単に避妊を怠ったというより、むしろ積極的に妊娠しよう・させようとしているカップルの行動としか思えない。しかし、このように積極的に妊娠に突き進む不貞カップルは実際多い。

菅野完氏の民事訴訟についてのお知らせ

 1. はじめに

著述家の菅野完氏が被告となった損害賠償請求訴訟(以下「本件訴訟」という。)の判決(以下「本件判決」という。)が、本日8月8日、東京地裁で言い渡された。

本件訴訟を一言で言うと、平成24年7月9日、菅野氏がX氏の自宅で、性的意図を持ってX氏に抱きつく等の行為をし、この行為が不法行為にあたるとしてX氏が220万円の損害賠償を求めたものだ。

本件判決は、請求額のちょうど半額にあたる110万円の損害賠償を認めた。

この訴訟において菅野氏の代理人は私が務めた。本件の事実関係や交渉・訴訟の経過について、一般向けに報告するよう本人から依頼を受けたので、以下、報告する。

なお、私は菅野氏と特段親交があるわけではなく、本件の打ち合わせを除けば会ったこともない。私はあくまで業務として本件を受任したに過ぎない。菅野氏について私に問い合わせなどをされることは、仕事に支障が出るので差し控えるようお願いしたい。

2. 本件訴訟に至った経緯

(1) 受任までの経緯等

本件訴訟の原告を、名は伏せてX氏とする。

菅野氏がX氏に対し抱きつく等の行為をしたという事実関係については、元々争いがなかった。

私が菅野氏から相談を受け、本件を受任したのは平成27年7月のことだ。

初回相談の直前に、X氏の代理人弁護士から菅野氏宛に、慰謝料200万円を請求する内容証明が届いていた。

菅野氏は相談に内容証明を持参し、「反省している。被害回復を第一に考えたい。X氏に謝罪の上、示談交渉をしてほしい」と述べた。菅野氏は、私への依頼前の時点でX氏に対し「謝罪文」も交付しており、その写しもお預かりした。

私は、そういうことなら円満解決のためお役に立てるだろうと思い、依頼をお受けした。

菅野氏がX氏に抱きついたのは、有り体に言えばX氏と性的関係を持ちたかったからだ。菅野氏は本件当日がX氏との初対面だったが、従前からネット上では親交があった。当日会って話をするうち、次第にX氏に好意を抱き、かつ、X氏も自分に好意を抱いてくれていると誤解してしまったとのことだ。

一般に、男女間において、男性が「相手もOKだろう」との推測のもと、明示的に言語での承諾を取らないまま肉体的接触に及ぶことは、良いか悪いかは別としてよくあることと思う。これは「相手もOKだろう」という推測が当たっていた場合は問題にならないが、外れていた場合はハラスメントになりかねない。

本件の菅野氏もまさにこれで、「X氏も自分に好意を持ってくれているだろう」との甘い見通しに基づきX氏に抱きついてしまった。

菅野氏としても無理に性行為をするつもりは毛頭なかった。現にX氏の拒絶を受けて、それ以上の行為は断念している。しかし、抱きついた行為自体が身勝手な加害行為であったことは菅野氏も自覚しており、そのような行為によってX氏を傷つけたことを深く反省している。

(2)受任後の経緯等

以上の次第で私は菅野氏から示談交渉を受任したが、交渉は予想以上に難航した。

X氏が、菅野氏に対し、損害賠償請求や謝罪の要求のみならず、

  • 菅野氏のtwitterアカウントを削除し、今後ともtwitterで発言しないこと
  • 女性の権利問題に関する言論活動を今後しないこと

などの条件を要求し、言論人である菅野氏としては、これを受け入れるわけにいかなかったからだ。

私も、「例えば本件に関しtwitterで謝罪せよといった要求ならまだ理解できるが、一般的にtwitterをやめろとか言論活動をやめろというのは本件と直接関係ないし、さすがに不当な要求だ。このような請求が判決で認められることはあり得ないし、応じるべきではない」と助言した。

示談交渉の最終段階では、当方は、請求された満額の200万円の和解金を提示した。

200万円というのは判決で予想される水準よりも遥かに高額であり、通常ならば応じない金額だ。X氏の被害回復を優先したいという菅野氏自身の希望があり、しかし上記の不当な要求には応じられないことから、せめてお金でお詫びしたいと思い、相場よりも高額を提示した次第である。

しかしX氏は、あくまで菅野氏の言論活動への制約を伴う条件にこだわり、満額である200万円の提示すら受け入れてくれなかったため、示談交渉は決裂して本件訴訟に至った。

なお、損害賠償請求訴訟の判決では金銭の支払を命じるのみであり、X氏が要求していたような条件を入れることはできない。それどころか、判決では謝罪すら命じてくれない。

当方は、言論活動への制約こそ受け入れられないが、その他の条件(合意書への謝罪文言の記載など)は、できる限りX氏の希望に沿って柔軟に応じる方針でいた。しかも提示額は満額だから、損得でいえば、これを蹴って訴訟をしてもX氏の得になることはない。

それにも関わらず訴訟をするということは、菅野氏に社会的制裁を加えること自体がX氏の目的なのではないか。示談交渉が決裂した頃には、そのような不安が生じてきた。

本件訴訟は、平成27年12月に東京地裁に提起された。前記のとおり、請求は220万円の損害賠償である。

訴訟においても、抱きついた等の事実関係については特に争いがなく、当方としては、和解による円満解決を目指して訴訟を追行した。

しかし、X氏は訴訟段階でも、交渉段階と同じように、twitterでの発言禁止等の条件に固執したから、和解交渉は難航した。

3.X氏による私的制裁行為

(1) 反省文差止めの経緯

平成28年7月上旬、菅野氏は週刊誌『週刊金曜日』の記者から、本件及び本件訴訟について、電話による取材を受けた。この取材により菅野氏は、本件が同誌に掲載されることを察知した。

菅野氏としては、言論活動をしている立場上、『週刊金曜日』記事(以下「本件記事」という。)によって本件が明るみに出る前に、社会一般に対して自らの言葉で釈明をし、反省の意と再発防止の決意を示しておく必要があると考えた。そこで菅野氏は、反省文を執筆し、7月12日中には、これをすぐにでもインターネット上に掲載できるよう準備を整えた。

しかし、事柄が性的な紛争だから、X氏の被害感情にも配慮する必要がある。そこで、菅野氏は、反省文の原稿の写しを、7月13日の弁論準備期日に赴く私に託し、弁論準備の席上、X氏、X氏代理人弁護士及び裁判官の閲覧に供した。

その上で、私は当該写しをX氏代理人弁護士に交付し、「この原稿は7月14日中にはネット上に掲載する予定です。修正依頼などあれば可能な限り対応するので、速やかにご連絡をください」という旨を述べ、X氏代理人弁護士はこれを了承した。

しかし、翌7月14日正午過ぎになって、X氏代理人は弁護士、当該反省文の掲載自体を中止するよう要求してきた。

菅野氏としては、本来は文言の微調整などを想定してX氏に原稿を交付したのであって、掲載の許否まで含めてX氏に委ねるつもりはなかったし、委ねるとも言っていない。菅野氏が自ら出すと決めた文書の掲載を第三者の要求により中止させられるのは、言論人である菅野氏にとって耐えがたいことだった。

しかし、菅野氏は、X氏に対する二次加害になってはいけないとの配慮から、断腸の思いで反省文の掲載を中止した。

(2) X氏による本件記事の拡散工作

結局、本件記事は7月15日発売の『週刊金曜日』に掲載される運びとなった。

菅野氏は、X氏からの要請を受諾して反省文の掲載を中止し、反省や釈明の弁を述べる機会を失ったまま、本件に関し一方的な社会的糾弾を受けることを甘受した。

ところが、X氏は、一方では菅野氏の反省文掲載の機会を奪っておきながら、他方では、本件記事の発表前に、本件記事をインターネット上で広く拡散するための工作活動をひそかに行なっていた。

その工作活動とは、おおよそ、

  1. X氏が予め匿名ブロガーの某氏に、本件記事を発売日前に拡散するよう依頼して記事の画像を託しておく。ブロガー某氏は本件記事の画像を添付して菅野氏を糾弾するブログを書く。
  2. 並行してX氏は、インターネット上の複数の著名人にも予め根回しをし、上記のブログが発表されたらこれを拡散するよう依頼しておく。

というものだった。この計画はそのとおり実現して大いに功を奏し、菅野氏は社会的非難を浴びることとなった。

このような工作活動が露見したのは、ブロガー某氏がX氏に利用されていたとして、真相を暴露するブログを公開するに及んだからだ。

この一連の経緯は、今でもネット上で検索すれば追うことができる。

4. 和解決裂、判決へ

前記の反省文掲載中止と『週刊金曜日』記事拡散後も、菅野氏としては和解を諦めたわけではなかった。

裁判所としても、X氏が要求していた言論制約を伴う和解条項には同調しないが、和解そのものは望ましいという姿勢だった。裁判所からの和解案提示もあった。

しかし、X氏は結局、菅野氏の言論活動を制約するという要求を取り下げることがなかったので、和解は終局的に決裂してしまった。

そして本件判決に至っている。

なお、菅野氏本人が本件訴訟に出廷しなかったことについて『週刊金曜日』などは批判的に報じているようだが、私の以前のエントリでも述べたとおり、代理人弁護士がついているならば、尋問以外の民事訴訟期日に当事者本人が出廷しないのはむしろ通常のことだ。

X氏本人も、2度ほど出廷したが、それ以外のほとんどの期日は出廷していない。さらに、X氏本人が出廷した期日については、X氏が菅野氏と顔を合わせたくないからできれば出廷しないでほしい旨の要望をX氏代理人弁護士からいただいて、性的紛争であることに鑑み菅野氏は出廷を見合わせた。

このように、菅野氏が出廷しなかったことについて非難されるいわれはないことを申し添えておきたい。

5. 所感および今後について

本件の原因は菅野氏にある。同意なくX氏に抱きついたりしたことは菅野氏が悪い。それは菅野氏も当初から認め、X氏にお詫びするとともに、賠償の意思を示してきた。

菅野氏は、今回の件で反省し、女性の権利問題についても学び直したことから、X氏に二次被害を与えることを避け、かつ被害回復をしたいという思いで本件に臨んできた。

X氏は本件の交渉及び訴訟の経過について、菅野氏が不誠実な対応をしたとの認識を持っているようだ。しかし結局X氏は、菅野氏が自らの言論活動を自粛するという条件を受け入れない限り和解するつもりがなかったのだから、菅野氏としてもどうしようもなかった。

むしろ、上記のようなX氏による一連の対応、とりわけ菅野氏による反省文掲載を封じておきながら自らは記事の拡散工作をする等の行為は、X氏の被害者という立場を考慮しても、妥当といえる範囲を超えていたように思う。

一般論として「加害者が社会的制裁を受けた」という事情が損害賠償額算定にあたり考慮されるべきであるかどうかは微妙な論点だが、少なくとも、社会的制裁が原告主導で行われたような場合は考慮されるべきであろう。

そこで当方としては、上記の経緯も考慮した判決を求めていたが、その点で、110万円の支払を命じた本件判決には不服がある。

控訴も検討したい。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

http://otakalaw.com/

 

 

 

 

エマ・ワトソン演説と「弱者男性」問題について

1. エマ・ワトソン論争の概観

3年前に女優のエマ・ワトソン氏が国連でしたフェミニズムに関するスピーチの話題が、なぜか今さらネット上で再燃しているようだ。

logmi.jp

ワトソン氏はこのスピーチの中でいろいろなことを話しているが、今話題になっているのは、

  • 男性もジェンダー・ステレオタイプから自由になってよい(あるいは、なるべきだ)」

と主張している部分。

ワトソン氏は、

「弱いと思われるのが嫌だから」と言って、男性は心が弱っているのに助けを求めようとしません。その結果、イギリスの20歳から49歳の男性は、交通事故、ガン、心臓疾患よりも自殺によって命を落とす方が圧倒的に多いのです。「男性とはこうあるべきである」「仕事で成功しなければ男じゃない」という社会の考え方が浸透している為に、自信を無くしている男性がとても多くいるのです。つまり、男性も女性と同じようにジェンダー・ステレオタイプによって苦しんでいるのです。男性がジェンダー・ステレオタイプに囚われていることについては、あまり話されることがありません。しかし、男性は確実に「男性とはこうであるべきだ」というステレオタイプに囚われています。彼らがそこから自由になれば、自然と女性も性のステレオタイプから自由になることが出来るのです。男性が「男とは攻撃的・アグレッシブであるべきだ」という考え方から自由になれば、女性は比例して男性に従う必要性を感じなくなるでしょう。男性が、「男とはリードし、物事をコントロールするべきだ」という考え方から自由になれば、女性は比例して誰かにリードしてもらう、物事をコントロールしてもらう必要性を感じなくなるでしょう。

とか、 

男性も女性も繊細であって良いのです。男性も女性も強くあって良いのです。

 とか述べている。

この主張に対して、

  • しかしエマ・ワトソンの歴代交際相手は男らしい成功者ばかりではないか。女がそういう男を選ぶ以上、男がジェンダー・ステレオタイプから自由になれるはずがないではないか。ワトソンは矛盾している。

などと批判するネット民が大勢現れた。

これに対しての反論も多数出て、論争状態となっている。

私の専門とは無関係の話題ではあるが、この論争について少々考えてみた。

2. エマ・ワトソンの主張は矛盾はしていないが救済にはなりにくい

ワトソン氏の主張について「矛盾」という強い言葉を使って批判する意見が多く見られるが、同氏の主張に論理矛盾は見当たらない。

ワトソン氏の立場からは、そもそも、「(ワトソン氏のような若く美しい)女性に選ばれなければ救われない」という批判者のよって立つ前提そのものが、ジェンダー・ステレオタイプの一つだということになるはずだからだ。

ワトソン氏の主張は、男がナヨナヨしていて弱くても、女をリードし物事をコントロールすることができなくても、モテなくても、そのことによって人としての価値を否定されるべきではないということであろう。この主張は、弱い男が弱いままで女にモテることがないとしても、なんの支障もなく成立する。

だから論理的には、「エマ・ワトソンは矛盾している」との批判はあたらないだろう。論理的には。

しかし、実際上このような主張が、いわゆる「弱者男性」を本当に救うかというと、その点は疑問だ。

ワトソン氏の主張を「男はモテるほど価値がある」というジェンダー・ステレオタイプに適用すると、同氏の主張は

  • モテなくても気にするな。気にしないようにすれば、解放されて楽になる

となる。

たしかにそうできれば楽になるかもしれないが、「うるさい。そんなことができれば苦労はしないよ」

と思う人が多いのではないだろうか。

貧しい人に「貧しくてもよいではないか」と説く「清貧の思想」というのがあるが、これは貧困や社会的格差を正当化する主張だとして強く批判されることが多い。

ワトソン氏の主張も、モテたいのにモテない男から見たら、金持ちから清貧の思想を説かれているように映るだろう。

ワトソン氏の主張に反発する男性が少なからずいたのは、少なくとも心情的には理解できる。

3. 「弱者男性」「キモくて金のないおっさん」問題に解決策はあるか

今回の論争に限らず、いわゆる「弱者男性」問題とか「キモくて金のないおっさん」問題というのは、ネット上では常に高い関心を集める話題だ。

  • 「キモくて金のないおっさん」こそが現代日本における最たる弱者であり、是非とも救済されるべきだ

といった意見を述べる人がよく見られる。

しかし、具体的にどのように救済すべきかについて現実的な方策を示す主張には、私の観察範囲では接したことがない。

解決策のない問題というのは、そもそも問題でないか、あるいは少なくとも問題として考える意義に乏しいことになろう。その点、「弱者男性」「キモくて金のないおっさん」問題はどうか。

まず、「キモくて金のないおっさん」のうち「金のない」問題は、通常の経済政策や再配分政策の問題にすぎないことが明らかだから、固有の問題として論じる必要はないだろう。

 

したがって、主な問題は「キモい」問題の方であろう。

ここで「キモい」とは、「容姿やコミュニケーション能力に劣るため、異性から承認を得にくい男性」くらいに捉えておけば概ね間違いないだろう。換言すれば非モテ男性のことだ。

先に取り上げた「モテなくても気にしない」という解決策以外に、これを解決する方法はあるのだろうか。

もっとも直接的で効果的な解決策としては、

  • お金と同じように、国家が強制的に女性を「再配分」してしまう

というものが考えられる。しかしお金と違って女性には人格があり人権があるから、このような解決策はとうてい支持し得ない。

キモくて金のないおっさんの救済を強く主張する論者でも、「女性を再配分しろ」とまで主張する人は見たことがない。論者も「女性を再配分してしまうわけにいかない」ということは前提にしているからだろう。

しかし、「女性を再配分する」という解決策を否定してしまうと、この問題に果たして独自の意義があるのか疑わしく思えてくる。

なぜならば、女性再配分以外にとりうる解決策は、結局経済政策やお金の再配分に帰着するので、社会的経済的問題一般から「キモくて金のないおっさん」問題を区別して論じる実益が乏しいように思われるからだ。

近年、生涯未婚率は男女とも目に見えて上昇しており、中でも男性の生涯未婚率の上昇は顕著だ。*1

異性との交際経験を持たない人の割合も男女ともに上昇しており、特に20代男性では53.3%が「交際経験なし」だとのちょっと衝撃的な調査結果もあった。*2この調査では、特に男性において、年収が高いほど恋愛・結婚に前向きであるという傾向が見られることも指摘されている。

このように生涯未婚とか交際経験なしという人が増えてきた背景には、「恋人がいない人や独身者は人格的に未熟」といった世間の偏見が薄れてきたということもあるだろう。

だから生涯未婚や交際経験なしの増加は、全面的に悪いことというわけではない。それこそワトソン氏の主張に沿う「モテなくても気にしなくてよい社会」が、昔に比べたらある程度実現しているともいえる。

しかし、よい面はあくまで一部であって、「恋人がほしいのにできない」「結婚したいのにできない」人が増えているという負の側面の方がおそらく大きいだろう。

そして、その負の側面は、バブル崩壊以降の若者の経済力のなさが原因となっている可能性が高い。結婚生活には一定の経済的基盤が必要と考えられているし、特に男性においては、低収入がモテの上でも結婚の上でも重大な不利になるからだ。

この負の側面を解決するために、異性再配分のような直接的な解決策ではないが、経済的格差を縮小し貧困を減らすような施策は、生涯未婚者や交際経験を持たない人を減らす方向に働くだろう。

そのような施策は、どんどん行うべきだと思う。

そして、「弱者男性」「キモくて金のない男性」問題は、結局そういう普通の経済政策や再配分政策により解決を図る他ないのではないか。

換言すれば、これを固有の問題として論じてみても、固有の現実的な解決策はどうもなさそうだから、時間の無駄ではないかと思う。

と言いながら、私も時間を費して本稿を書いてしまったわけだが。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

http://otakalaw.com/ 

 

 

 

 

高須院長の訴訟を題材に民事訴訟手続の流れを解説しよう

1. 高須院長は蓮舫氏と大西氏の欠席にご不満の様子

高須クリニック院長の高須克弥氏が、蓮舫議員と大西健介議員を被告として、名誉毀損による損害賠償を請求している民事訴訟の第1回口頭弁論が開かれたようだ。

www.sankei.com

 

 

原告側は高須氏本人が出廷して意見陳述をしたようだ。

これに対し、被告側は代理人弁護士のみの出廷となり、蓮舫氏と大西氏は欠席したらしい。

この欠席について高須氏はご不満の様子だ。ネット上にも、高須氏に同調して蓮舫氏と大西氏の欠席を非難する声が散見される。

2. 民事訴訟に当事者が欠席するのはむしろ通常の事態

高須氏はお気に召さないようだが、双方代理人がついている民事訴訟の口頭弁論期日や弁論準備期日に当事者本人が出廷しないのは、以下のような理由からむしろ通常の事態だ。

2-1. 代理人が出廷すれば本人の出廷は必要ない

2-1-1. 法律上、代理人に加えて本人が出頭する義務はない

民事訴訟法上、訴訟代理人は委任を受けた事件について包括的な代理権を有するものとされている。*1法廷への出頭も当然この代理権の中に含まれる。

したがって、当事者本人が出頭することは法律上要求されていない。*2

2-1-2. 民事訴訟は書面中心のターン制なので、実際上も出頭の必要はない

法律上の出頭義務がないことは先に述べたが、実際上も、尋問期日でもないのに代理人弁護士に加えて当事者本人が出頭することはあまりない。

もちろん本人も出頭する権利はあるが、実際のところ出頭しないのが通常となっている。

その理由は簡単。ほとんどの場合、出頭しても意味がないからだ。

民事訴訟の流れを、一般の方にもわかりやすくざっくり言うと、「事前に提出する書面中心のターン制」となっている。訴訟提起の段階から流れを追っていくと、概ね以下のように進む。

  1. 原告が訴状を裁判所に提出して訴訟を提起する。第1回口頭弁論期日が指定される。
  2. 訴状が被告に送達される。被告は第1回口頭弁論期日前に「答弁書」を提出する必要がある。ただし被告側には時間的余裕がないことが多いので、「答弁書」には形式的な答弁だけ記載しておき、詳細な反論は次回以降とすることも多い。
  3. 第1回期日では、訴状と答弁書が陳述される。ただし、「陳述」とは形式的なもので、事前に出しておいた書面を「陳述します」と述べるだけ。実際に読み上げたりはしないから、傍聴席から見ていてもどんな内容の書面が陳述されたのかわからない。その後は次回期日を決めて解散。*3
  4. 第2回期日は、「答弁書」により詳細な反論がなされた場合は原告のターン。逆に「答弁書」が形式的な内容にとどまる場合は被告のターンとなる。すなわち、最後に相手方の主張を受け取った側の当事者が、次回期日までの期間を自分のターンとして与えられる。
  5. 自分のターンの当事者は、次回期日までの間に「準備書面」という書面を作成して裁判所に提出する。自分のターンでない側の当事者は、何もやることがない場合が多い。
  6. 第2回期日以降で行なわれることも、基本的には第1回期日と同様。自分のターンだった側の当事者の提出した「準備書面」が形だけ「陳述」され、次は相手方のターンとなることが示され、次回期日を決めて解散。

このような進行となるので、当事者本人が出頭しても意味がないことはおわかりだろう。

自分のターンなら、提出する「準備書面」を自分の代理人弁護士と相談しながら作成し、その最終提出版の写しを受領しておけば足りる。

相手のターンなら、相手方から事前に届いた「準備書面」の写しを自分の代理人弁護士から受領し、その内容の真偽などについて打ち合わせをしておけば足りる。

2-2. 第1回口頭弁論期日に限れば代理人弁護士すら出頭しなくてよい

高須氏の件で先日開かれたのは第1回口頭弁論期日だ。

第1回口頭弁論期日に限っては、事前に書面だけ出しておき、代理人すら出頭しないことが認められている。

民事訴訟法  第百五十八条 (訴状等の陳述の擬制)

原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をしないときは、裁判所は、その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなし、出頭した相手方に弁論をさせることができる。 

 要するに、提出済みの書面を裁判所で形だけ「陳述」するという儀式をしなくても、第1回期日に限っては「陳述」した扱いにしてくれるわけだ。

この陳述擬制は、条文上は当事者双方に適用されるが、一方のみ欠席した場合に適用され、双方欠席すると期日を開催できないことから、実際上は被告側しか使えない手だ*4

そして、被告側は第1回期日までに準備期間が足りない場合が多いため、形式的な「答弁書」だけ提出しておき第1回期日は本人も代理人も欠席、ということは、実際によく行なわれている。

ただし高須氏の件では、被告代理人は出頭したようだ。

3. 「被告が反論していない」という高須院長の主張はおそらく勘違い

高須氏は、第1回口頭弁論において被告が何ら反論をしていないと主張しているようだ。

しかしこれは高須氏の勘違いであろう。

この期日には被告代理人が出頭している。当然、事前に答弁書が提出されており、期日において「陳述」されたはずだ。したがって、被告が何らの反論もしていないという事は考えられない。

もっとも、前記のとおり答弁書はひとまず形式的な内容のものを提出する場合もあるから、どこまで具体的な反論がなされたのかははっきりしない。

しかし、民進党は「被告らは、本日の答弁で、原告が主張する名誉毀損が成立せず、原告の主張が認められないことを詳細に明らかにした。」とコメントを出している。

これは、答弁書が形式的な内容でなく、具体的な反論を記載したものだということを示している。このようなすぐバレる事項について嘘をつく実益がないことから、内容はともかく、具体的な反論をしたという点については民進党の言い分が正しいとみなしてよいだろう。何しろ、答弁書は高須氏にも直送されているはずである。

要するに、高須氏は、民事訴訟の通常の流れを理解せず、「法廷において口頭で被告と論戦をできる」というような誤解を抱いたまま法廷に出頭してしまったが、当てが外れたので不満を抱いているということになろう。

ところで、このような基本的なことについて高須氏が理解していないように見えるのは、弁護士からすると少し奇妙だ。普通なら高須氏の代理人弁護士が本人に説明しているはずだからだ。

何しろそんなに難しい話ではない。説明さえ受ければ、医師である高須氏の知性で理解できないことはないと思われる。高須氏が代理人ときちんとコミュニケーションを取れているのか、他人の事件ながら少々心配になってしまう。

4. (オマケ)高須院長の勝訴の見込みは薄い

さて、ここまで高須氏の件をダシに題材として民事訴訟手続の解説をしてきた。

最後に、手続面でなく内容面の話をしておこう。

法律実務家ならあまり異論がないところだと思うが、今回の訴訟で高須氏が勝訴する見込みはほぼないと思われる。

 憲法51条の免責特権があるからだ。

憲法  第五十一条  両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。

この免責特権は、絶対的なもの(例外なし)と解するのが通説である。

憲法51条により個人責任の追及は絶望的なので、国家賠償請求が試みられたことはあった。しかし、最高裁は国家賠償請求についても、きわめて例外的な場合にしか認められないという立場をとった。

最判H9・9・9(民集51-8-3850)

国会議員が国会の質疑、演説、討論等の中でした個別の国民の名誉又は信用を低下させる発言につき、国の損害賠償責任が肯定されるためには、当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とする。

国家賠償請求でさえこんなに高いハードルが課されているのに、あえて憲法51条の明文に挑戦して蓮舫氏と大西氏の個人責任を追及するのが高須氏の訴えである。

高須氏側に何か深い考えがあって勝算を持っているか、あるいは勝算以外の深い考えがあって勝ち負け度外視で提訴しているのかもしれないが、私だったら「勝てないからやめときましょうよ」とアドバイスする案件であるのは間違いない。

弁護士 三浦 義隆 

おおたかの森法律事務所

 http://otakalaw.com/

 

 

*1:民訴法55条参照。

*2:ただし、当事者尋問をやる期日の場合は別。

当事者尋問の期日は、本人が尋問を受けるのだから、当然出頭する必要がある。尋問対象の当事者が、正当な理由なく出頭しないときは、尋問事項に関する相手方の主張が真実と認められてしまうという不利益を受けるおそれがある(民訴法208条)。

なお、当事者以外の証人尋問をやる期日については法律上の出頭義務はないが、証人の供述態度をチェックしたり、本人でなければ気付かない証言の嘘や矛盾点をチェックしたりするために、代理人弁護士がいても本人も出頭する方が望ましいだろう。

*3:この説明はだいぶ端折ってはいる。正確には、証拠の原本確認が行なわれたり、裁判所が主張の不明点を当事者に問いただすなどして主張整理を試みたり、色々行なわれる場合がある。ただし「当事者が出頭しても意味がない」という本筋には影響しないので簡略に書いた。

*4:被告側が出廷したが原告側が誰も来ていない場合、被告側としては「自分も答弁書を陳述しないで退廷する」という手段で双方不出頭の状態に持ち込み、原告の訴状の擬制陳述を阻止することができる。これをやられてしまうとわざわざ訴訟を提起した意味がなくなるから、原告としては第1回期日から出頭するしかない。

強制わいせつ罪の主観的要件についての一般向け解説

 1. 性的意図必要説に立つ判例は変更される可能性が高い

強制わいせつ罪の成立に、「性欲を満たす意図」が必要かどうか争われた刑事裁判で、最高裁大法廷が弁論を開くことを決めたようだ。

大法廷が弁論を開くのは判例変更等がなされる場合であるため、従来の判例が必要としてきた「性欲を満たす意図」を不要とする判断が出る可能性が高い。

以下、一般の方向けに簡単に解説する。*1

www.yomiuri.co.jp

2. 従来の判例の立場は性的意図必要説

従来の判例は、強制わいせつ罪の成立には、通常の犯罪で要求される「故意」に加えて、「その行為が犯人の性欲を刺激興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行われること」が必要であるとしてきた。*2

性的意図必要説に立つ判例によると、女性を脅迫し裸にして、その立っているところを撮影する行為でも、その行為が専ら報復・侮辱・虐待の目的によっているときなどは、強制わいせつ罪は成立しないとされる。*3

3. 従来の判例に対する批判など

この判例に対しては、学説上は賛否両論があった。

判例に反対する見解は、主として以下のように主張してきた。

  • 強制わいせつ罪は性的自由を侵害する罪である
  • したがって強制わいせつ罪の主観的要件としては、性的自由を侵害する行為であることを認識・認容していれば足りる、つまり故意があれば足りると解するべきである
  • 強制わいせつ罪に限って故意を超えた主観的要件を付加すべき理由はない

犯罪は、故意犯処罰が原則とされている(過失犯処罰は例外的だし、かつ刑も軽い)。

故意犯の「故意」の定義にも争いがあるが、一般の方はさしあたり「犯罪の客観的構成要件*4を認識・認容すること*5」と考えておけばよいだろう。

犯罪の客観的構成要件とは、例えば殺人罪なら、簡単にいうと「人を殺すこと」だ。*6

強制わいせつ罪の客観的構成要件は、条文上は「わいせつな行為」をすることだ。「わいせつな行為」とは、抽象的に言えば被害者の性的自由を侵害する行為である。具体的には、例えば「乳房を揉む行為」などがこれにあたる。

強制わいせつ罪も故意犯だから、例えば私が被害者の乳房を揉んだとして強制わいせつ罪に問われた場合、乳房を揉むことの認識・認容が私になければ有罪にならないことは当然だ。この点では他の犯罪と変わりがない。

しかし従来の判例は、強制わいせつ罪については故意を超えて、犯人が性的意図を持って性的自由侵害行為を行うことまで要求してきた。すなわち、例えば「自らの性欲を満足させるために乳房を揉むこと」まで要求してきたわけである。

よって、私が素人なのに知人の女性の乳がんの触診をしてやると言って、もっぱら真摯に触診する意図で、同意なく女性の乳を揉んだ場合は強制わいせつ罪にはならない。より軽い暴行罪にとどまる。*7

このように、客観的には性的自由を侵害する行為をし、故意もあるのに、故意を超えた犯人の意図によって強制わいせつ罪が成立したりしなかったりするのは不合理ではないかということで、性的意図必要説に対しては批判が強かったわけである。*8

ただし性的意図必要説にもそれなりの理由はある。性的意図必要説の代表的な理由付けとしては、

  • 医師による内診など、客観的には強制わいせつ行為と区別できない行為を強制わいせつ罪から排除することによって、処罰範囲を限定する必要がある

というのがある。

しかしこの理由付けに対しては、

  • 医師による内診などは、正当業務行為や被害者の同意により違法性が阻却されると考えればよい(手術は傷害罪の構成要件には該当するが違法性が阻却されるのと同じ)。強制わいせつ罪だけ特別の要件を付加しなくても処罰範囲の限定はできる

という反論も可能だ。

 

このように見解が対立している論点だが、実務家としては、さしあたり判例を前提として仕事をするしかない。

来るべき最高裁の判断には注目している。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

http://otakalaw.com/

*1:もっと詳しく知りたい方は、弁護士の奥村徹氏のブログを参照してほしい。当の大法廷事件の弁護人であり、性犯罪弁護の専門家だ。

*2:最判昭45・1・29

*3:前掲最判。

*4:構成要件とは、刑罰法規が規定する犯罪の成立条件のこと。

*5:ここで「認容」とは、犯罪結果を認識しつつ「それでも構わない」と考えること、くらいの意味。つまり、積極的に犯罪結果を意欲することまでは必要ない。「未必の故意」という言葉は一般の方でも聞いたことがあると思う。「未必の故意」とは、犯罪結果を意欲まではしていないが認容はしている状態である。

*6:刑法199条  人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

*7:もっとも、このような弁解を実際に裁判所が認めるかは別問題。特段の事情がない限り、裁判所は、「素人のくせに真摯に触診の意図で乳を揉んだりするはずがない。したがって真実は性的意図があったのだ」と認定するだろう。

*8:通常の犯罪であれば、このような内心の意図は、通常は犯行の「動機」として情状面で考慮されるにとどまる。