無期懲役刑は終身刑だ
一審で無期懲役の有罪判決を受けた殺人事件の被告人が控訴したというニュースが話題になっている。
なんでも、被告人は一審の公判において「無期懲役は実質的な終身刑。私は唯一、それだけはいやです」と述べたらしい。
それはいやだろうとは思う。高裁の結論がどうなるかわからないが、控訴するのは被告人の権利だから、控訴審でも思う存分争った上で判決を受ければよい。
「無期懲役で仮釈放はあまり期待できないから、生涯刑務所にいなければならない可能性が高い」
という意味で言っているのだろう。
後に述べるが、その認識は正しい。
そして、それ以前の問題として、無期懲役と終身刑は、実は概念的にも同じものだ。
1.そもそも無期懲役と終身刑は同じ概念
無期懲役は、実際の運用はともかく、概念としては終身刑とは異なると思っている人が圧倒的に多数だと思う。
無期懲役と終身刑が異なることを前提に、「日本には終身刑がない」という前提でいろいろ議論がなされるのが常だ。
しかし、この前提は誤りだ。無期懲役と終身刑は同じもので、ただ呼び方が異なるだけだから。
無期懲役というと、その語感からか、「単に期間が定まっていない刑罰」を意味すると思う人が多いようだが、そうではない。
期間が定まっていないのではなくて、懲役刑の終わりが「ない」のが日本の無期懲役だ。刑期に終わりがないから、刑が一生終わらないことは確定している。
刑が終わることは生涯ない以上、外界に出られるとしたら「仮釈放」しかない。
仮釈放は、「仮」の文字どおり暫定的な処分だ。いったん外には出してもらえるが、受刑中であることには変わりがない。
仮釈放中に、比較的軽い罪でも再犯をしたり、遵守事項違反をしたりすると、国は仮釈放を取り消して受刑者を再び収監することができる。
有期懲役にも仮釈放制度はあって、概ね刑期の8割を過ぎた頃から、服役中の行状などによっては仮釈放される人が出てくる。
有期懲役の場合は満期があるから、仮釈放された後につつがなく満期が到来すれば、晴れて自由の身だ。
しかし無期懲役だと満期はないので、一生涯「仮釈放中の無期懲役囚」の身分が続くことになる。
ところで、仮釈放制度の有無を問わず、このように刑の終期がない懲役刑のことを、終身刑と呼んでいる。無期懲役とも呼ぶ。
そのため、「無期懲役」の英訳は「life imprisonment」であり、これは「終身刑」という意味だ。*1
ところで、無期懲役=終身刑は、制度上、仮釈放の可能性があるものとないものに分かれる。
世界的に見ると仮釈放制度のある終身刑を採用している国が比較的多いようだが、仮釈放制度のない終身刑を採用している国も存在する。
日本においてマスコミをはじめとする多くの人が「無期懲役」と異なる概念と思い込んで用いている「終身刑」の語は、「仮釈放のない終身刑」を指しているわけだ。
無期懲役と終身刑を別の概念と捉えるのは本来は誤りだが、ひとまず
- 日本語の「終身刑」はたいていの場合「仮釈放のない終身刑」だけを指して用いられること
- 海外の犯罪報道などで「終身刑」と言われる場合、「仮釈放のない終身刑」の意味で用いられているとは限らず、むしろ日本の無期懲役にあたる制度である場合が多いこと
を押さえておけばよいだろう。*2
2.無期懲役囚が仮釈放で出るのは困難
しかし、冒頭の被告人が「無期懲役は実質終身刑」と言ったのは、そういう意味ではないだろう。
「仮釈放は実際上困難だから、日本の無期懲役は実質仮釈放のない終身刑に近い」と言いたかったのだろう。
実際、法務省が公開しているデータを見ても、無期懲役囚が仮釈放されるのはなかなか困難だ。いったん無期懲役になったら死ぬまで出られない可能性が高い。
この点、「無期懲役といっても15年~20年で出られる」といった認識を持っている人が多いようだが、明らかに誤っているので注意。*3*4
法務省の公開データを見ると、
- H23~27年の5年間に仮釈放許可を得た囚人の平均在所期間は、いずれの年も30年以上。H18年~H27年の平均は31.2年。
- H23年~27年の新規仮釈放者数と獄死者数を足したものを分母とし、これに占める新規仮釈放者の割合を求めると、32/126で25.4%。
- 平成23年〜27年の5年間で仮釈放申請は計129件あるが、うち仮釈放が許可されたのは33件で25.6%。なお、仮釈放申請自体、在所期間30年以上の人が9割以上を占める。
このように、「15~20年で出られる」どころか、「30年経っても出られない可能性の方が高い」「一生出られず獄死する可能性が高い」のが日本の無期懲役の運用だということが読み取れる。
3.まとめ
このように、日本の無期懲役は概念的にも海外の終身刑と同じものだし、運用上も仮釈放はなかなか厳しいのが現実だ。
それでも、「仮釈放の可能性が全くない終身刑を日本に導入すべきだ」という議論はあり得るし、あってよい。
あってよいが、そういう議論をするならせめて本稿に述べたことくらいは前提として理解していないと、床屋政談の域を出ないだろう。
京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表
弁護士 三浦 義隆
*1:ちなみに、Google翻訳で「無期懲役」を英訳すると「life Imprisonment」が出てくるが、「life Imprisonment」を和訳すると「終身刑」が出てくる。
*2:これらの点についてはwikipediaの「終身刑」の項目がよくまとまっているから、一読に値すると思う。
*3:「2000年頃までは20年程度で出られたらしい」とのブコメが幾つか付いているから念のため追記。たしかに、2000年までは仮釈放者の平均在所期間は20年強だった。しかし、この数字をもって「無期懲役は20年程度で出られた」というのは論理的に誤りだろう。これは出られた人の平均在所期間にすぎないので。平均初婚年齢が28歳であるからといって、28年生きれば結婚できるとはいえないのと同様。なお、無期囚のうちどの程度の割合が最終的に仮釈放で出ているのかは、データがないからわからない。本文に掲げているように、新規無期受刑者数や獄死者数と新規仮釈放者数を比較することによって、ある程度推定はできそうだが。
*4:弁護士の大渕愛子氏は、2015年に出演したテレビ番組で「無期懲役囚は刑務所で問題なく過ごせば15年くらいで仮釈放される」という趣旨の誤った発言をして批判を浴びた。→その後大渕氏は、同じ番組でこの発言を訂正した模様。筆者は訂正していないと思っていたが、ブコメで指摘してくださった方がいた。感謝。