実印を登録したままにしておいてはいけない
実印は、経営者等でしょっちゅう使う人以外は登録しておかない方がよいです。面倒でも、使うときにその都度登録して、使い終わったらすぐに廃印することを強くお勧めします。実印は裁判で高い証拠力を有するので、親族等に実印を悪用されたためにえらいことになってる事件が沢山あります。 (再掲)
— ystk (@lawkus) 2016年1月3日
かつて Twitterにも書いたことがあるが、実印は登録しておかない方がいい。
使うときだけ登録し、使い終わったらすぐに廃止することを推奨する。
民事訴訟法第228条 (文書の成立)
1 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
(中略)
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
民事裁判上、「二段の推定」というルールが採用されている。
- 裁判の証拠となる文書に印影*1がある場合、その印影が、文書の作成名義人の印章*2によって押されたものであるときは、その押印は作成名義人の意思に基づいてなされたものと推定される。(一段目の推定)*3
- 私文書に、本人の意思に基づく押印があるときは、その文書自体が真正に(本人の意思に基づいて)成立したものと推定される。(二段目の推定)*4
これによって、本人の印章による印影が契約書などの書面に押されているときは、
→本人の印章による印影があるから本人の意思に基づく押印だ(一段目の推定)
→一段目の推定によって本人の意思に基づく押印と認められるから文書は真正だ(二段目の推定)
ということで、その書面全体が本人の意思によって成立したと認められてしまう可能性が高い。*5
ところで印鑑登録制度は、ざっくり言うと、特定の印影と本人の結びつきを公的に証明する制度だ。
「この印影なら本人が登録した印章によって押されたものに間違いはない」ということを、印鑑登録証明書によって証明してくれるわけである。
だから、書面に実印が押されているときは、通常それが本人の印章によることに疑いはないので、*6二段の推定が働くことになる。*7
このように実印の証明力が強力なため、家族や知人が実印を勝手に押して本人に不利な取引をしたことによる法的紛争がたくさん発生している。
あなたが経営者などで借入や不動産取引の機会が多いなら別だが、一般の勤め人なら実印が必要な場面はそう多くないはずだ。
実印は、何度でも登録と登録廃止を繰り返せる。毎回同じ印章を使ってもいいし、異なる印章でもいい。本人が市役所の窓口に行けば、登録はその場ですぐに完了するし、印鑑登録証明書もその場で発行してもらえる。
印鑑登録にかかるわずかな手間と悪用のリスクの大きさを比較したとき、印鑑登録をしたままにしておくことが得策とはとうてい思えない。*8
京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表
弁護士 三浦 義隆
*1:印影とは、押印の結果として紙の上についたインク等の跡のこと。
*2:印章とは、形ある物としてのハンコのこと。筆記とのアナロジーでいうと、印章がペンなら印影が文字に当たる。
*3:この一段目の推定は、法に明文があるわけではない判例法上のルール。
*4:この二段目の推定は、前掲の民訴法228条4項に明文がある。
*5:誰かが勝手に押印したこと等を立証できればこの推定は覆るが、その立証は容易ではない。
*6:ただし、誰かが勝手に本人名義で印鑑登録をしたような場合は除く。
*7:実印でなくても二段の推定というルールは適用されるが、実印でないならそもそも本人の印章でないという可能性もあるから比較的争いやすいことになる。
*8:どうしても登録を維持したいなら実印を勝手に使われたりすることが万が一にもないよう厳重に管理する必要があるが、そんな管理コストを惜しまずかけるくらいだったら廃止と再登録の手間を惜しまないほうがよくない?