弁護士三浦義隆のブログ

流山おおたかの森に事務所を構える弁護士三浦義隆のブログ。

妻が不倫相手の子を産んでも1年過ぎたら争えない

既婚者が不倫をした結果、相手を妊娠させる/自分が妊娠するということは結構多い。

私がふだん離婚事件や不貞行為の慰謝料請求を扱っていての実感としても、不倫による妊娠ケースはそんなに珍しくない。

夫が未婚者と不倫して不倫相手が出産した場合、その子は非嫡出子*1となる。

一方、妻が不倫して出産した場合、その子はいったん夫の子として扱われる。*2

民法第772条 (嫡出の推定)

1 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

2 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

この民法772条により、婚姻成立後200日経過後または婚姻解消後300日以内に生まれた子は、夫の子と推定されることになっている。

妊娠期間を考慮して、婚姻中に懐胎した可能性が高い場合は夫の子と推定しようということだ。

子がこの嫡出推定を受ける場合、夫と子の法律上の父子関係については、以下の特別な効果が及ぶ。

①夫のみが提起できる「嫡出否認の訴え」という特殊な訴えでしか、父子関係を争えない。

→つまり、妻が後から「実はあなたの子じゃなかったの」と言ったり、不倫相手が「実は俺の子だ」と言ったりして訴えを提起し法律上の父子関係を引っくり返すということは法律上できない。*3

②嫡出否認の出訴期間は、子の出生を知ったときから1年間。1年経過後は夫を含め誰も父子関係を争えなくなる。

また、出訴期間経過前でも夫が子の嫡出性を承認した場合は、もはや嫡出否認の訴えは提起できなくなる。 

民法第774条 (嫡出の否認) 

第772条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。

第775条 (嫡出否認の訴え)

前条の規定による否認権は、子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行う。親権を行う母がないときは、家庭裁判所は、特別代理人を選任しなければならない。

第776条 (嫡出の承認)

夫は、子の出生後において、その嫡出であることを承認したときは、その否認権を失う。

第777条 (嫡出否認の訴えの出訴期間)

嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない。

この結果、血縁関係がなくても、夫が嫡出否認を選択しなかった場合や、嫡出否認の出訴期間が過ぎてしまった場合は、法律上の父子関係は確定する。*4

ただし、この原則には重要な例外がある。

婚姻後200日以内、または婚姻解消後300日以内に出生した子であっても、妻が懐胎可能な時期に、既に夫婦が(戸籍上は夫婦のままでも)事実上離婚して夫婦の実態が失われていたり、外国など遠隔地に居住していて性的関係を持つ機会がなかったり、夫が刑務所に入っていたり、要するに夫婦関係を外から見ても妊娠の可能性はなかったといえるような場合は、嫡出推定は及ばないというのが判例だ。*5*6

したがって、そういう例外的な場合には、嫡出否認の出訴期間が過ぎてしまっても、あるいは夫が争わない場合に妻や不倫相手などの他人からでも、「親子関係不存在確認訴訟」というのを起こして父子関係を争える。

逆に言うと、このような場合以外は、民法の規定どおり、1年過ぎてしまえば父子関係は争えない。

たとえDNA鑑定で血縁上の父子関係がないことがはっきりしようと争えない。*7*8

賛否はともかくルールはこのとおり。

妻を信用できないし、万が一我が子と血縁関係がなかった場合にこれを受け入れて育てるつもりもないという人は、出生後1年以内に訴えを提起できるような時期に、DNA鑑定をしておく必要があるということだ。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

*1:いわゆる婚外子。反対に「嫡出子」とは、法律上の婚姻関係から出生した子という意味。

*2:婚姻後200日以内に出生したため後述の嫡出推定が及ばない子であっても、戸籍上は出生届により夫の嫡出子として扱われる。ただし嫡出否認の訴えによらず、いつでも親子関係不存在確認訴訟によって父子関係を争うことができる。

*3:夫が自分との血縁関係に疑念を持ちながら、あるいは血縁上の子でないと知りながらこれを受け入れて育てる場合は少なからずあるだろう。その場合に不倫をした妻や不倫相手などの方からこれを争えるというのはどう考えても妥当でないから、この規定は常識的にも受け入れられやすいと思う。

*4:こうした一連の制度の趣旨を一般の方向けにざっくりまとめると、

ア) 婚姻中の妻が懐胎した子は通常は血縁的にも夫の子だから、原則的には法律上も夫の子として扱う。

イ) 例外的に血縁関係のない場合、1年に限り夫のみに嫡出否認の訴えを認めることで、夫が血縁に基づかない父子関係から離脱する権利を一定限度で認める。

ウ) 1年以内に夫が嫡出否認をしなかった場合は、血縁よりも、そこまで継続した平穏な家族関係という事実状態を尊重することを優先する。

といったところだろう。

賛否両論あるだろうが、このような制度設計には一定の合理性があると私は思う。

*5:最判S44・5・29民集23-6-1064

最判H26・7・17民集68-6-547 

*6:このように、夫婦関係の外観上も妊娠の可能性がなかった場合のみ嫡出否認によらず父子関係を争うことを認める立場を「外観説」と呼んでいる。

*7:学説上は、血縁上の父子鑑定がないことが明らかな場合は親子関係不存在確認訴訟を認めるべきだという立場もある。しかし前の脚注で示したH26年の最高裁判決はそのような立場をとらず、外観説に立つことを明確にした。同判決は、

民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには,夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる(中略)。そして,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。 このように解すると,法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが,同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。 もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係 不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができる

と判示した。

*8:もっとも、訴訟の判決で親子関係不存在を認めてもらうことはできないが、妻との間に争いがないなら、親子関係不存在確認の家事調停を申立て、その調停・審判の手続の中で親子関係を覆せる可能性はある(細かい説明は省略)。

出生から1年経過後に我が子と血縁がないことが判明し、どうしても納得できないという場合は、とりあえず弁護士に相談するなどして調停を申し立ててみる手はある。