弁護士三浦義隆のブログ

流山おおたかの森に事務所を構える弁護士三浦義隆のブログ。

弁護士にとって「相手方が弁護士をつけない」というのはどういうことか

日本の法律は、民事については弁護士を強制する制度をとっていない。だから交渉であれ裁判であれ、弁護士をつけずに自分でやることは自由だ。

紛争当事者の一方が弁護士を依頼すると、もう一方も不利になりたくないから弁護士をつけることが比較的多い。

しかし弁護士相手に自分でやろうとする当事者も珍しくないから、我々弁護士は、「相手方が弁護士でなく素人」という状況にけっこうよく遭遇する。

弁護士にとって、相手方が素人であることにはメリットもデメリットもある。

1.相手方が素人であることのメリット

相手方が素人であることの弁護士から見たメリットは、一言で

「相手が弱い」

に集約される。

相手方は素人だから何も知らない。法律も判例も、和解の相場も知らない。ネット等でいろいろ自分で調べてくる場合はあるが、素人は断片的な知識を仕入れてもこれを消化する能力がそもそもないから、ほとんど常に誤った理解しかしていない。

これはこちらが武器を持った状態で、手ぶら丸裸の相手をやっつけてよいと言われているようなものだ。大変有利な状況である。

ときどき「自分の依頼者の言い分ばかり聞いて、それでも弁護士か!けしからん!」というような突っかかり方をしてくる相手方がいるが、「それでも」弁護士なのではなくて、「それこそが」弁護士だ。

弁護士は中立な裁定者ではなく、当事者の一方の代理人である。相手が弱いならとことん弱みをついて、自分の依頼者に有利な解決を獲得するのが弁護士の責務だ。

だから、相手が弱い素人ならば有利になるから好都合。

このメリットは大きい。

これを当事者の側から見ると、相手方に弁護士がついた場合、一方的にやられたくなければ自分も弁護士をつけた方が無難ということだ。

2. 相手方が素人であることのデメリット

一方、相手方が素人であることの弁護士から見たデメリットは、一言で

「めんどくさい」

に集約される。

何しろ相手は素人だから話が通じない。法律論を言っても理解してくれないし、不合理な主張に固執するし、落としどころもわかっていないし、感情的になって電話でわめきちらしたりする。

このような相手との紛争は、どうしても紛糾しがちだし、長期化しがちだ。

双方弁護士がついての紛争は、判決まで行くよりも和解で解決するケースの方がずっと多い。

これは、「訴訟で最後までやった場合の判決内容をある程度の精度で予測でき、そこから逆算して落としどころを見いだせる」という弁護士の能力に依存している。*1

どちらかの当事者がこの結論予測能力を持っていない場合、最後までとことんやるしかなくなってしまう可能性が高まる。

だから、弁護士にとって素人相手の紛争は非常にめんどくさい。

もっとも、「相手が弱い」というメリットを充分に享受できるケースなら、いくらめんどくさくても許せる。我慢すれば最後によい成果を得られるからだ。

しかし、世の中には、どちらが勝つ案件かあまりにも明らかであるため誰がやっても結果が大きく変わらないような紛争も多い。(例として、借用証書などの証拠が完全に揃っている貸金返還請求訴訟とか、長期間にわたる賃料滞納の証拠が揃っている建物明渡請求訴訟とか。)

その種の紛争においては、相手方が弱いことによるメリットが小さくなってしまうため、めんどくさいというデメリットが前面に出てくる。

そういうときは、「あの相手方、頼むから弁護士つけてくれないかなあ」と思うのが正直なところだ。

これを当事者の側から見ると、誰がやっても結論が変わらないような案件であれば、弁護士をつけずに自分で処理すれば弁護士費用が節約できるから、自分でやるという選択も合理的になりうるということだろう。*2

実を言うと、当事者の一方だけが弁護士をつけない案件は、けっこうこのケースが多い。素人の側が負けるに決まっているケースだ。

このようなケースでは弁護士に相談に行っても「どうやっても負けますよ」と言われるから、それで依頼を断念する場合も多いだろう。

その結果、「どうやっても勝ち目はないのに不合理な主張に固執して延々争う素人」という、弁護士を困惑させる存在が生じる。しかし勝ち目のない事件である以上、それも本人にとっては一つの合理的な選択だからやむを得ない。

ただ、一般の方は、そもそも勝ち目のある事件かない事件か判断する能力を持っていないと思われるから、依頼するしないは別として、相手方に弁護士がついている紛争が生じたら、一度は自分も弁護士に相談してみるべきであろう。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

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*1:このように、双方の弁護士の事件に対する見立てがある程度一致するため和解の話が進みやすいという状況は、ともすれば依頼者から「自分の要望を充分に聞いてくれず相手方代理人と示し合わせて和解させようとしている」と誤解されるおそれがある。そのような誤解を受けることがないよう、弁護士としては事件の見立てを依頼者に丁寧に説明して、依頼者とも共有しておく必要がある。

*2:ただし自分でやれば時間と手間はかかるから、結論が変わらないとわかっていても弁護士に依頼して時間と手間を節約する手はある。

「国選弁護人は手抜きをする」は本当か

刑事事件について、「国選弁護人は手抜きをする」との風評が一部にある。

結論からいうと、この風評は誤っている部分が大きいが、全面的に誤りともいえない。

そこで簡単に解説しておきたい。

 

1.多くの弁護士は私選でも国選でも真面目にやる

1-1.国選でも私選でも手抜きはできない

「国選は手抜き」と聞くと、「同一の弁護士でも、私選は真面目にやるが国選は手抜きをするという使い分けをするので弁護の質に著しい差が生じる傾向がある」という意味にとる人が多いだろう。

このような傾向が一般的にあるかというと、答えはノーだ。

国選弁護の報酬はきわめて低廉だ。私選の場合の相場と比べると、ざっと3分の1~5分の1程度だろう。

したがって、国選弁護について収益業務という感覚を持っている弁護士はあまり多くないと思われる。よほど売上に困っている弁護士とか、勤務弁護士で事務所経費なども負担しておらず給与も保証されているためお小遣い感覚という弁護士を除けば、ボランティア感覚、滅私奉公感覚という人が多いだろう。

しかし、国選でも私選でも弁護人の義務に差はない。手抜きをして依頼者に損害を与えれば賠償責任が生じる場合もあるし、懲戒のリスクもある。

このように低廉な報酬で基本的には私選と同様の義務を負うのが国選だが、弁護士もそのことは承知している。

承知した上で国選弁護人の名簿に登録しているのだから、手抜きをしてはいけないし、私の観察の範囲では、実際に多くの国選弁護人は手抜きをしていない。

もっとも、一般論として「国選の場合だけ手抜きをする弁護士が多い」とはいえないとしても、一部にそういう不届きな弁護士がいる可能性までは否定できないが。

1-2. 付加的サービスに差がつくことはあるかも

上記のとおり国選でも手抜きは許されない。

しかし、弁護人が同一の人物なら国選と私選で全く差のないサービスを受けられるのかというと、必ずしもそうとは限らない。

弁護人としての義務とまではいえないレベルの、いわば付加的なサービスの部分について、私選の方を手厚くすることは許されると一般的に考えられている。

この点は弁護士ごとの方針にもよるから一概にはいえないが、例えば勾留中の被疑者から

「自宅に立ち入ってペットに餌をやってほしい」

とか、

「自宅に置いてあるキャッシュカードの暗証番号を教えるから、立ち入ってカードを回収した上、お金を下ろして示談資金にあててほしい」

とか頼まれた場合、弁護人としてはリスクが高いので断るという判断はあり得る。

そのような行為まで弁護人の義務として当然に行わなければならないとはいえないから、断ったとしても懲戒されたりする心配はないだろう。

このように弁護人だからといって必ず行う義務があるとまでいえない行為については、「国選なら断るが私選なら行なう」という判断の余地が出てくる。*1

繰り返すが、上記の例はあくまで例である。このような事項について全ての弁護士が差をつけているというわけでなく、最終的には個々の弁護士の方針による。

2.国選は弁護士を選べないのがリスク

上記のように、同一の弁護士に着目した場合には、少なくとも一般的には「国選だと手抜きをされる」とはいえない。

しかし、刑事弁護についてとんでもない手抜きをする弁護士が少なからずいるのは、残念ながら事実だ。

接見には全く、あるいは一度しか行かず、被害者がいる犯罪でも被害弁償のための交渉もせず、起訴されても保釈請求もせず、証拠が開示されても閲覧謄写もせず、公判の被告人質問では被告人に説教をするだけ、そして弁論では「寛大な判決を」と言うだけ。

そういう弁護活動をする弁護士は実在する。*2

 そして、国選弁護は登録弁護士の名簿から機械的に配点されるシステムになっているから、弁護士を選ぶことは当然できない。

たまたま一流の刑事弁護人が選任されるという幸運もあるかもしれないが、最低の弁護人が選任されるという不運もあるかもしれない。引いてみなければわからない。

この点においては、国選弁護は被疑者・被告人にリスクのある制度だ。

このようなリスクを避けたいのならば、好きな弁護士を選んで私選で依頼するしかない。*3

3.弁護士の良心に依存した制度は持続可能か

国選弁護の報酬がきわめて低廉であることは既に書いたが、絶対的に低廉というだけではない。

基本的に、国選の報酬体系は、「頑張れば頑張るほど損をする」ように設計されているのだ。

詳しい説明は、匿名弁護士の刑裁サイ太氏による

国選弁護事件で稼ぐ方法 - 刑裁サイ太のゴ3ネタブログ

がわかりやすいので参照いただきたい。同エントリは、国選を収益業務として考える場合には手抜きが合理的行動になってしまうことを指摘している。

このように国選弁護の報酬体系が、絶対的にも低い上に真面目にやるインセンティブを生じない(むしろ手抜きのインセンティブを生じる)ように設計されていても、現状では多くの弁護人が真面目にやっているのは前記のとおりだ。

これは多くの弁護士が、経済的インセンティブよりも職業的良心にしたがって行動しているからだ。

しかし、弁護士が大増員され、充分に仕事を取れない弁護士も少なからず出現している時代に、弁護士の良心に依存する制度がそのままで持続可能だろうか。

「国選弁護人は手抜きをする」が正しくなってしまうことが将来的にもないよう、報酬基準の見直しが必要だと私は考えている。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

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*1:私選の場合、委任契約の内容として盛り込んでしまえば、そのような行為を弁護人の義務とすることも可能。

*2:ベテランの弁護士に多いようだが、もちろんベテランが皆そうだというわけではない。

*3:一般の方に対して「国選でも私選でも弁護活動は基本的に変わらない(だから国選で差し支えない)」と強調する弁護士も少なからずいるが、この点において疑問だ。たしかに良心的な弁護士側から見ればそのとおりだが、依頼者側から見ると弁護士を選べないリスクはあるわけで、そのリスクを看過しているように思われる。

叱責はどこからパワハラになるか

国会議員が秘書に対し、殴ったり暴言を吐くなどのパワハラをした件が話題になっている。

私もネット上に公開されていた録音を聴いたが、あまりのひどさに驚いた。文句なしに不法行為であろう。

行為そのものは非難に値するが、加害者も精神的にケアが必要な状況ではないかという気がする。被害者にきちんと謝罪や損害賠償をするとともに、加害者もしっかり療養してほしい。

 1.  パワハラは線引きも立証も難しい

ところで、話題の議員の件くらいひどい事案なら問題はないが、一般的には、パワハラは判断も立証も難しい類型だ。

何しろ上司は部下に対し、業務上必要な指導・注意であれば適法に行えることになっている。指導・注意が多少きつい叱責に及んだとしても、社会通念上相当な範囲であれば違法とまでは評価されない。

そのため、適法な指導・注意と違法なパワハラの線引き問題が生じる。この点、同じハラスメントでもセクハラは職場で性的言動をする必要が通常ないから、適法な職務執行との線引きという問題は生じにくいのと対照的だ。

線引きの難しさを反映して、立証にも困難が伴うことが多い。

加害者の発言について、全体としての内容だけでなく一つ一つの言葉選びや口調なども重要な要素となるから、録音などの証拠があるのが望ましい。

民事訴訟においては秘密録音でも問題なく証拠採用されるのが通常なので、パワハラを受けている人は躊躇なく録音しよう。

2.  叱責はどこからパワハラになるか

では、上司が部下を叱責した場合、その言動が業務上の指導・注意の範囲を超えて違法なパワハラとされるのはどのような場合か。

これは一律に述べるのは難しい。

例えば部下の側に叱責されるべき落ち度があって、しかもその落ち度が大きいときには、比較的きつめの叱責でもセーフとされる余地がある。このように、具体的状況によって判断が異なってくるからだ。

しかし多数の裁判例を見ていくと、目安として以下のようなことはいえる。

2-1. 物理的暴力はアウト

まず物理的暴力はいくら部下に落ち度があろうとアウト。当たり前だ。*1

2-2. 「馬鹿」などの人格否定的発言もアウト

「馬鹿」「アホ」「死ね」「殺すぞ」などの人格否定的、名誉毀損的、あるいは脅迫的な暴言も、部下に落ち度があってもアウト。これも常識にかなった話だろう。

前記の議員による「このハゲー!」もここでアウトだろう。

「給料泥棒」「使えない」といった発言がパワハラと認定されている例も多い。

ちなみに、「殺すぞ」などと言う奴いるの?と思われるかもしれないが、上司による「(ぶっ)殺すぞ」との発言が認定されている裁判例は、実はけっこう多い。

2-3. 退職を迫ったり解雇や懲戒処分などを示唆する発言はパワハラになりやすい

これもパワハラと認定されやすい。

もちろん、平穏な退職勧奨であれば適法に行なう余地はある。しかし、必要もないのに、部下の生殺与奪を握っていることを誇示するために退職や解雇に言及したような場合はパワハラとされるだろう。

2-4. 他の人がいる前で叱責したりするとパワハラになりやすい

名誉毀損と関連するが、他の従業員などがいる前で叱責する行為は、過度の屈辱感を与えるためパワハラと認定されやすい。

2-5.いずれにせよ強い叱責はパワハラのリスクが高い

暴力をふるったり馬鹿呼ばわりしたりという極端な行為であれば、「言われなくてもそんなことしないよ」という人が多いかもしれない。

しかし、そこまでは行かない言動で、かつ部下側に落ち度があったとしてもパワハラと認定されている例は多い。

例えば、

  1. 弁護士法人レアール事件(東京地判平27・1・13判時2255-90)では、弁護士法人の事務局長が、部下である事務員が依頼者に請求すべき債務整理の減額報酬を計上し忘れるというミスをしたことに対し、「はぁ~??時効の事ムで受任(@五二五◯◯)じゃないんでしょ?なぜ減額報酬を計上しないの?ボランティア??はぁ~??理解不能。今後は全件丙田さんにチェックしてもらう様にして下さい」と手書きしたA4用紙を本人の机の上に置いた行為が不法行為とされた。
  2. 東京高判平17・4・20労判914-82は、保険会社のサービスセンター(SC)所長が、未処理件数が多いなどの落ち度のあった課長代理に対し、本人を含む従業員十数名にメールを同時送信する方法で、「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。(中略)これ以上会社に迷惑をかけないで下さい。」などと述べた行為が不法行為とされた。
  3. 富国生命ほか事件(鳥取地裁米子支判平21・10・21労判996-28)は、保険会社の支社長らが、マネージャーであった原告に対し、①不告知教唆という不正行為の有無を他の従業員がいる前で問いただした行為、②「マネージャーが務まると思っているのか。」「マネージャーをいつ降りてもらっても構わない。」などと叱責した行為がいずれも不法行為とされた。

こんな感じ。

どうだろうか。このくらいの言動だと、身近で見たことある、あるいはやってしまっている・やられているという人もそれなりにいるのではないか。

現在パワハラに該当するおそれのある行為をしている人や、している従業員に心当たりのある経営者は、今後は部下を過度に傷付けない平穏な指導注意を行なうよう、くれぐれも注意してほしい。

反対に、現在上司から過度の叱責などを受けて苦しんでいるという人は、可能な限り録音などの証拠を収集した上で、弁護士に相談するとよいだろう。

3.参考文献

佐々木亮・新村響子著「ブラック企業 ・セクハラ・パワハラ対策(労働法実務解説10 )」を参考にした。一線級の労働弁護士が書いたもの。

様々な論点についてほどよい分量の記述があり、判例も多数紹介されている良書だ。

法律実務家のみでなく、企業の人事担当者なども読んでおくとよいだろう。

ブラック企業・セクハラ・パワハラ対策 (労働法実務解説10)

ブラック企業・セクハラ・パワハラ対策 (労働法実務解説10)

 

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

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*1:物理的暴力が認定された事件として、ヨドバシカメラほか事件(東京地判平17・10・4労判904-5)、ファーストリテイリングほか事件(名古屋高判平20・1・29労判967-62)など。

警察官が犯罪をでっち上げて被疑者を逮捕した上、友人を目撃者に仕立てて偽証をさせた事例

道交法違反関係の裁判例を検索していたら、「これはひどい」という裁判例にヒットした。面白いので紹介しておく。

事件そのものは昭和50年。裁判は刑事が昭和51~52年、民事が昭和58~61年と、かなり古い話ではある。

以下に流れをまとめてみた。

  1. 昭和50年5月4日、タクシー運転手のAがタクシーを運転していたところ、路上で交通整理をしていた警察官Kの脇にA車両が停止し、AとKは会話をした。
  2. KはAに対し、Aが道交法違反(進路変更禁止違反)をした旨を告げ、執拗に運転免許証の提示を求めるなどした。なお道交法違反の事実はなかったし、Kが道交法違反を疑うべき合理的な理由もなかった。
  3. AはKに反論して口論になった。Aは車を発進させて立ち去ろうとしたため、KがAの右腕を押さえた。Aがこれを振りほどこうとするなどして、もみ合いになった。この際に、Aの右手がKの顔に当たり、Kは加療約1週間を要する顔面挫傷を負った。ただしAの行為は故意の暴行とは認定されていない。
  4. Kは、道交法違反及び公務執行妨害の現行犯としてAを逮捕した。なお、前記のとおり道交法違反の事実はなかったし、Kが道交法違反を疑うに足りる合理的理由もなかったから、Aに対し執拗に免許証の提示を求めるなどしたKの行為は適法な「公務」とはいえない。したがって公務執行妨害罪成立の余地はなかった。
  5. Kは、5月6日頃、高校時代に同学年、2年生時には同クラスだったFに、実際にはFが逮捕現場に居合わせていなかったにも関わらず、「自分は逮捕現場に居合わせていたが、タクシー運転手が進路変更禁止に違反し、これを注意した取締中の警察官を右手で殴打したのを見た。」という虚偽の供述をしてほしい旨を依頼し、Fはこの依頼を引き受けた。
  6. Kは、現場付近で私服で目撃者探しをした結果、目撃者であるFを発見したとして、上司であるM刑事のところにFを連れてきた。
  7. Fは、参考人として取調を受けた際、捜査官に対し、Kから頼まれたとおりの虚偽の供述をし、その旨の供述調書が作成された。
  8. Aは5月4日に現行犯逮捕された後、5月7日に勾留され、5月21日に保釈されるまで15日間(逮捕段階を合わせると18日間)身柄拘束された。
  9. Aは全面否認のまま、5月13日に公務執行妨害、傷害罪で起訴され、5月30日には道交法違反で追起訴された。
  10. 刑事公判の第一審では、Fが証人として出廷し、捜査段階と同様の虚偽証言をした。KもFも、「KとFは、Kが目撃者探しをしていてFに出会ったのが初対面であり、それまで何ら面識はなかった」と供述した。
  11. 刑事公判第一審判決(東京地判昭和51・3・22)は、K及びFの証言の信用性を認め、これらの証言を主要な証拠としてAを有罪とした。Aは控訴。
  12. 刑事第一審の有罪判決後、弁護人らはKとFの関係に疑いを持ち、調査を開始したようである。同じ頃、Fは急遽メキシコに渡航し、そのまま帰国しなかった。
  13. 刑事第二審の公判では、弁護側証人Tが出廷して、「FがTに対し、友達の警察官から虚偽の目撃供述を求められて悩んでいるという趣旨のことを語っていた」と証言した。また、KとFの卒業した高校が照会に応じ、KとFは同高校の同年次生であって、2年次には同級生であった旨を回答した。
  14. 刑事第二審は、KとFの証言の信用性を否定し、逆転無罪判決(東京高判昭和52・4・18判タ352号329頁)。検察官は控訴せずそのまま無罪判決が確定。
  15. Aは東京都、KおよびFを被告として損害賠償請求訴訟を提起。民事第一審判決(東京地判昭和58・4.22)は、東京都及びFの賠償責任を認めて両者に163万円余の支払を命じたが、Kについては国家賠償法上個人責任は追及できないとして、Kに対する請求は棄却。Kを除く3名が控訴。なお、この訴訟において、Fは本人尋問のための呼出しを受けながら出頭しなかった。
  16. 民事第二審判決(昭和61・8・6判タ612号26頁)は、一審判決を変更して賠償額を193万円余に増額。また、一審では否定されたKの個人責任も認めた。Kが参考人として捜査機関に対し供述した行為や証人として法廷で証言した行為は職務執行行為ではないから、このような行為については国家賠償法により都が責任を負うのではなく、民法709条によりKが責任を負うとされた。

こんな感じ。

警察官は偽証のプロであるという認識は、多くの弁護士が持っていると思う。

犯行を目撃したとか、違法な捜査はしていないなどとする警察官の供述の信用性が否定されて無罪が出た裁判例は山ほどある。(ただし裁判所は警察官の虚偽供述を安易に信用する傾向があるから、警察官の嘘が通ってしまっているケースの方がずっと多いと見るべきだろう。無罪判決は氷山の一角。)

だから警察官の偽証だけなら珍しくもないが、部外者にまで偽証させた挙句に割とあっさりバレているという点で、ひときわ「これはひどい」感が強い事案だ。

A氏はとんだ災難だったが、ともあれ無罪となり賠償も認められたのは不幸中の幸いであろう。

この件でKとFの関係が発覚したのは弁護人が疑って調査をしたからのようだが、弁護人がそこに気付かなければ、そのまま冤罪が確定していたところであった。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

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性犯罪規定改正の要点 ~ 非親告罪化は被害者を救うか

今国会では重要な刑法改正案が成立した。*1

この改正は、性犯罪に関する複数の規定を大幅に改めるものだ。6月23日に公布され、7月13日に施行される予定。

共謀罪の影に隠れて、一般の方にはあまり注目されていないようだから、簡単に解説しておきたい。

今回の刑法改正で、特に重要なポイントは以下のとおり。

 

1. 強姦罪の罪名が「強制性交等罪」に変更された

以下に述べる規定内容の変更に対応して、従来の強姦罪」の罪名が、「強制性交等罪」に変更された。

2. 強制性交等罪は肛門性交・口腔性交も対象

2-1. 改正前

強姦罪は暴行・脅迫を用いて陰茎を膣口に挿入することにより成立する罪であった。

→肛門性交や口腔性交を強要しても強制わいせつ罪にしかならなかった。

2-2.改正後

強制性交等罪は、暴行・脅迫を用いて肛門性交や口腔性交をすることによっても成立することとなった。

2-3.コメント

妥当な改正と思う。

肛門性交や口腔性交の強要も、性的自由の侵害の程度において、膣性交とそんなに大きな差があるとは思われない。

妊娠可能性の有無などの差異はあるが、そもそも日本の刑法は法定刑の幅が広く裁判官による量刑の自由度が高いから、そのへんは量刑事情として考慮すればよいのではないか。

3. 強制性交等罪は男性も被害者に含まれる

3-1. 改正前

強姦罪の客体は「女子」とされていた。

→女性が男性に対して陰茎と膣口による性交を強要しても、強制わいせつ罪にしかならなかった。

3-2. 改正後

強制性交等罪は客体を女性に限っていない。

→男性も被害者になりうることになった。

3-3. コメント

男女平等の観点から妥当な改正であろう。

4. 強姦罪改め強制性交等罪の厳罰化

4-1. 改正前

強姦罪の法定刑の下限は懲役3年

4-2. 改正後

  • 強制性交等罪の法定刑の下限は懲役5年
  • 上限は変更なし

→刑法上、執行猶予は3年以下の懲役・禁錮を言い渡す場合に限り付けることができる。

つまりこの改正により、強制性交等罪で執行猶予を付けることは原則的にできなくなった。(ただし酌量減軽した上で執行猶予とする余地はある。)

4-3. コメント

強盗罪の法定刑の下限は元々5年。

強盗との均衡を考えると、強制性交等罪(旧強姦罪)の法定刑の引き上げは妥当に思える。

しかし、この不均衡は強盗罪の法定刑が重すぎるせいと考えることもできる。

そうであれば、強姦罪を引き上げる方向でなく、強盗罪の法定刑を引き下げる方向で揃えるべきだったという考え方も成り立つだろう。

微妙なところだ。

5. 監護者わいせつ罪および監護者性交等罪の新設

18歳未満の児童を現に監護する者が、その影響力に乗じて児童にわいせつ行為や性交等をした場合に、強制わいせつ・強制性交等と同様に処罰する「監護者わいせつ罪」と「監護者性交等罪」が新設された。

6. 非親告罪

6-1. 改正前

強制わいせつ罪、強姦罪等は親告罪だった。告訴がなければ起訴できなかった。

6-2.改正後

強制わいせつ罪、強制性交等罪は親告罪ではなくなり、告訴がなくても起訴できるようになった。

6-3.コメント

この非親告罪化は、今回の改正の中でも最も評価が難しい点だ。

まず、被疑者・被告人の利益という観点からは、告訴がなくても起訴される可能性が生じるのだから、不利益な改正なのは間違いない。

一方、被害者救済の観点から非親告罪化が有益なのかというと、一概にそうも言い切れないように思うのだ。

性犯罪に限らない一般的な話として、犯罪被害の民事的側面(主に損害賠償)は、かなりの確率で被害者の泣き寝入りに終わる。

加害者にお金がない場合が多いし、お金を払ってまで守りたい地位もない場合が多いからだ。

それでも、加害者が被疑者・被告人として刑事手続に乗っており、刑事弁護人がついている間は、まだ加害者側にも損害賠償をする動機がある。

被害弁償をすると不起訴にしてもらえたり、刑が軽くなったりする可能性があるからだ。

刑事弁護人は被疑者・被告人の刑事処分を少しでも軽くするのが仕事だから、刑事処分が済んでおらず刑事事件が手元にある間は、被害者との示談交渉も行う。その限りでは、民事の代理人としての仕事もするわけだ。

刑事処分が済むと、加害者にとってお金を払うメリットがなくなる上、間に入っていた弁護人までいなくなってしまう。その時点で損害賠償は、事実上絶望的になることが多い。

しかし、他人に損害を与えた以上、加害者は自分の損得など考えずに弁償すべきだ。弁償しないのは不当だ。許されない。

もちろんそうに決まっている。

ただ、現実にはそうなっておらず、加害者は自分の得にならない場合には損害賠償をしない傾向があるというのも確かなことだ。

ところで親告罪は、告訴が起訴の要件とされることから、いわば被疑者の生殺与奪を被害者が握ることになる犯罪類型だ。

しかも強制わいせつや強姦などの罪は、他の犯罪に比べると比較的、まともな社会的地位や収入がある被疑者・被告人が多い類型である。

従来、強制わいせつ罪や強姦罪等では、この「示談して告訴を取り下げてもらえば起訴されない」ということと、「被疑者に資力がある場合が比較的多い」ということが、被疑者が示談のため損害賠償をする強力なインセンティブになっていた。

 このインセンティブを敢えて弱めるのが、今回決まった非親告罪化である。

これが被害者救済につながるだろうか。

今のところ、私は疑問を持っている。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

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「ソシャゲ破産は免責されない」は誤り

 1. 「ソシャゲ破産は免責されない」との誤情報は人を殺す

先日Twitterで、「ソシャゲ課金で破産しても免責を受けられないから債務が残る」という趣旨のツイートが大量に拡散されたようだ。

結論から述べるとこれは誤りだ。

既に私以外の複数の弁護士がTwitterなどで誤りを指摘している。

6月19日20時30分現在、Twitter検索によって問題のツイートを見つけることができなかったから、当該ツイートは既に削除されたのかもしれない。そうだとしたら、誤りだということに気付いて削除したということなのだろう。

しかし、誤った情報が一度多くの人に拡散されてしまうと、これを修正するのはなかなか困難だ。

実際、誤りを指摘する弁護士らのツイートは、どれもあまり拡散されていなかった。

そこで私も書いておくことにした次第。

私は、この破産免責に関する誤った情報は、あらゆる法律関係の誤情報の中でも有害性が高いと思う。

このような誤情報は、債務者を死に至らしめる可能性すらあるからだ。

自死の原因として借金苦が多いことは誰でも知っていると思う。弁護士をしていると、債務整理の依頼者が「自殺も考えた」と述べて相談室で涙を流すといったことは決して珍しくない。

しかし、弁護士のところまでたどり着いた人は債務を整理できるから死なない。弁護士費用が捻出できない人には法テラスによる援助制度もあるし。

自己破産や個人再生といった制度を知らなかった人、知っていても何らかの理由で利用できないと思いこんでしまった人が、弁護士に相談することもないまま亡くなるケースが相当数あるのだろう。歯がゆいものがある。

一因として弁護士業界の広報不足もあると思うので、もっと努力しなければならないだろう。

2. 浪費や射幸行為は免責不許可事由だが裁量免責は可能

2-1. 浪費や射幸行為は免責不許可事由

素人が「ソシャゲ破産は免責されない」と思い込んでしまう理由は想像がつく。

破産法252条1項4号が、免責不許可事由として、「浪費又は賭博その他の射幸行為をしたことによって著しく財産を減少させ、又は過大な債務を負担したこと」を挙げているからだ。

破産法 第252条  裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。

  債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと。

  破産手続の開始を遅延させる目的で、著しく不利益な条件で債務を負担し、又は信用取引により商品を買い入れてこれを著しく不利益な条件で処分したこと。

  特定の債権者に対する債務について、当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的で、担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたこと。

四  浪費又は賭博その他の射幸行為をしたことによって著しく財産を減少させ、又は過大な債務を負担したこと。 

債務者が過度に高額のソシャゲ課金をした場合、「浪費又は賭博その他の射幸行為」にあたることは間違いない。

だから免責不許可事由にあたり、免責してもらえない可能性がある。ここまでは間違っていない。

これはソシャゲ課金に限らず、FXなどの投機的取引でも、パチンコや競馬などのギャンブルでも、風俗やキャバクラ遊びなどでも同じだ。過度の無駄遣いをした結果の破産であれば、免責してもらえない可能性はある。

2-2. 免責不許可事由があっても多くの事例では裁量免責される

「免責されない可能性がある」、一応そこまでは正しい。

重要なのはその先だ。例えば盲腸の手術だって死ぬ可能性はあるだろうが、「盲腸でも死ぬ可能性がある」と述べただけでは情報として役に立たないだろう。

では実際のところどうなのか。ざっくり言うと、以下のようになっている。

  • 免責不許可事由がある場合でも、「裁量免責」という制度があるため免責は可能(破産法252条2項)
  • 実際上、裁判所は裁量免責を広く認めている
  • 弁護士の実務的な相場感覚としては、弁護士が代理人としてしっかり準備をした上で裁量免責を求めた場合、たいてい免責は認められる

したがって、ソシャゲ破産だからといって免責が絶望的ということは全くない。

実際に免責されるか否かは個々の事情の総合判断によるとしか言いようがないが、一般論として、

  • 債務の額が極端に大きい場合
  • 返せないとわかった後に更に多額の債務負担を繰り返したり、破産手続に際して裁判所に虚偽を述べるなど、悪質な事情がある場合

などは免責不許可に傾きやすいといえる。

いずれにせよ、免責見込みがあるかないかの判断は素人にできるものではない。

そして、依頼者がネットで聞きかじってきた知識で「免責されないのでは」と不安がる案件でも、弁護士から見ると免責可能なことがほとんどだ。*1

くれぐれも、ネット上の断片的な知識で免責されないと思いこんで諦めたりせず、弁護士に相談するようにしてほしい。

「私は借金なんかしないから大丈夫」という人でも、近しい人が借金苦に陥るといったことはあり得ないでもないから、頭の隅にでも入れておいてほしい。

3. とはいえ過度の浪費は禁物

以上述べたように、もしソシャゲ重課金などの浪費行為で大きな債務を負ってしまったとしても、まだまだ希望はあるので諦めないでほしい。

しかし、まだ債務を負っていない人にアドバイスするなら話は別になる。

裁量免責となる場合が多いとはいえ、浪費や射幸行為が免責不許可事由にあたるのは間違いない。

したがって、浪費などをして破産申立をする人は、裁判所の裁量次第で免責が許可されないかもしれないという不安定な状況に追い込まれることになるわけだ。実際に免責されない場合もあることは既に述べたとおり。

仮に免責が許可されるとしても、そもそも破産すること自体、その後数年はいわゆるブラックリストに入り新たな借入れやクレジットカードの契約が難しくなるなど、一定の不利益を伴う事態だ。

もちろん返済不能なほどの多重債務に陥ってしまったらもはやブラックリストなんか気にせず躊躇なく破産すべきだが、多重債務に陥ること自体、避けられるなら避けた方がいいに決まっている。

だから、ソシャゲにせよFXにせよ賭博にせよ、自らの収入で無理なく支払える範囲を超えた過度の支出はすべきでない。

裁量免責を期待して計画的に浪費するような人がそうそういるとも思えないから蛇足かもしれないが、念のため付言しておいた。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:本稿よりももう少し詳しく書いてある弁護士のブログとして、鈴木愛子氏のブログを紹介しておく。破産に注力していて管財人経験も豊富な弁護士なので信頼性は高い。

やりたくない事件にだけ「抑制的」な警察を動かす方法

 1.  やりたくない事件には「抑制的」な警察

少し前の話だが、政治学者の三浦瑠麗氏が、共謀罪関連のコメントで

「日本の警察がいかに抑制的か知らず、法案の字面だけ読んで「大変な事態になる」と反応しているのでしょう。」

と述べて、困惑や嘲笑などの様々な反応を引き起こした。

www.asahi.com

そのとき私はこういう感想をツイートしたし、これに付け加えることは特にない。

私が道交法違反をしていないのに切符を切られそうになった件を書いた前々回エントリからも明らかなように、日本の警察が一般的に抑制的とはとうてい言えない。

しかし、警察は、面倒くさいからやりたくない事件についてはきわめて抑制的だ。

警察は、被害者が民事でなく純然たる刑事の訴えをしていても、やりたくない事件だと「民事不介入」などと言って門前払いしようとするのが常であることも以前のエントリで書いた。

被害者は素人なのでよくわからないから、嘘でも「民事不介入」などと言われれば大半はそういうものかと思ってすごすご引き下がるだろう。一件落着である(警察的には)。

特に詐欺事犯などでは警察の怠慢は著しい。*1弁護士をやっていると、詐欺被害者からの相談を受けることがよくある。民事でお金を取り返す交渉や裁判をするとともに、刑事でも立件してもらいたいと思って警察に持ち込むが、詐欺罪成立は明らかなのに頑として何もしてくれないということが多い。詐欺罪は立証が面倒くさいからであろう。

「こんなつまらんことで逮捕するのかよ」という案件と、「こんなにひどい犯罪を野放しにするのかよ」という案件をかわるがわる目の当たりにして、警察の恣意性を思い知らされるのが弁護士という稼業だ。なかなか楽しい仕事である。

2. 警察を動かしたいときどうするか

2-1.告訴と被害届

しかし、働きかけかたによっては警察を動かせる場合もある。

警察に働きかけて捜査をしてもらう業務というのは割とよくある仕事だし、経験上、そこそこの確率で捜査をしてもらえている。

被害者が捜査機関に捜査を求める方法の代表的なものは告訴だ。一見似たようなものとして被害届というのもある。

ここで告訴と被害届の定義を確認してみよう。 

  • 告訴とは、犯罪の被害者等が捜査機関に犯罪事実を申告して訴追を求める意思表示である。*2
  • 被害届とは、犯罪の被害者等が被害にあった事実を捜査機関に申告する届出である。

刑事訴訟法

第230条 犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。

第231条 被害者の法定代理人は、独立して告訴をすることができる。

○2 被害者が死亡したときは、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹は、告訴をすることができる。但し、被害者の明示した意思に反することはできない。

第232条 被害者の法定代理人が被疑者であるとき、被疑者の配偶者であるとき、又は被疑者の四親等内の血族若しくは三親等内の姻族であるときは、被害者の親族は、独立して告訴をすることができる。

両者の重要な違いは、被害届は単なる事実の報告であるのに対して、告訴は訴追を求める意思表示であるということだ。告訴をよりわかりやすく言い換えるなら、「訴追請求」と呼ぶことができるだろう。

2-2. 告訴を受理すると捜査をする義務が生じる

告訴が訴追を求める意思表示であることから、刑事訴訟法上、告訴によっていろいろな法的効果が発生することになっている。

  • 警察は、告訴を受理したら速やかにこれに関する書類・証拠物を検察官に送付しなければならない。(刑事訴訟法242条)
  • 検察官は、告訴を受けた事件について起訴・不起訴の処分をしたときは、速やかに処分結果を告訴人に通知しなければならない。(同法260条)
  • 検察官は、告訴を受けた事件について不起訴処分をした場合において、告訴人から請求を受けたときは、速やかに不起訴の理由を通知しなければならない。(同法261条)

要するに、捜査機関は、告訴を受けたら捜査をして処分を決定し、告訴人に通知する義務を負う。「告訴は受けたけど何もしません」というのは、法律上できないことになっている。

2-3. 警察は告訴状の受理を嫌う

告訴を受けると捜査する義務が生じる。では警察は、やりたくないのに告訴人が来たらどうするか。

告訴を受理しないのである。

しかしそんなことが許されるのだろうか。

捜査機関が告訴受理を拒絶できる法律上の根拠は何もないから、適法な告訴である限り拒絶はできないと一般に解されている。

この点につき東京高判昭和56・5・20判タ464号103頁は、

告訴は、犯罪の被害者が検察官または司法警察員に対し犯罪事実を申告して犯人の処罰を求める意思表示であるから、いまだ犯罪事実とはいいがたいような事実の申告があつた場合には、これを告訴として取り扱わなければならないものではない。

と判示した上で、原告の「告訴」は犯罪事実の申告ではなかったから告訴として取り扱わなくても違法ではないとして国家賠償請求を棄却した。結論こそ棄却だったが、この判決も、適法な告訴であれば受理しなければならないことを論理的前提としていると考えられる。

また、犯罪捜査規範にもちゃんと規定があって、告訴は受理しなければならないと明記されている。 

犯罪捜査規範

第63条 (告訴、告発および自首の受理)

司法警察員たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節に定めるところにより、これを受理しなければならない。

2 司法巡査たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、直ちに、これを司法警察員たる警察官に移さなければならない。

なのに警察は告訴を受理したがらない。受理すると上述の義務が生じるので、面倒くさいからである。*3

「警察が被害届を受理してくれない」という話も聞いたことがある人が多いと思う。

犯罪捜査規範上、受理しなければならないことになっているのは被害届も同様だ。*4しかも被害届は、告訴のように捜査機関に義務を追わせる法的効果があるわけではないから、気軽に受理しても差し支えなさそうにも思える。

しかし被害届の受理ですらしばしば渋るのが警察だ。より強い効果を持つ告訴の受理は、より強く嫌うわけである。

犯罪と告訴とどっちが嫌いかといったら、警察官はおそらく告訴の方が嫌いなのではないかと思う。

2-4. 弁護士が警察に捜査を求める場合どうするか

では、弁護士が犯罪被害者からの相談を受け、警察に捜査をしてもらいたい場合どうするか。

告訴状を出すのである。

警察は告訴状の受理を非常に嫌うが、究極的には(法的には)拒めないことはさすがにわかっている。

だから、法律家としては、被疑者の行為が犯罪構成要件を満たすことを説得的に記述した、ビシっとした告訴状を書いて、「これは犯罪事実の申告にはあたらないから告訴として取り扱いません」という逃げ道を塞いでやればよい。

そういった告訴状を持って、告訴人を同行して警察署に行くと、さすがに警察官も素直に受け取る。

と常識人なら思うだろうが、なんとそれでも受け取らないのである。警察は常識の通用する機関ではない。

「この、告訴状と書いてありますけど、これはひとまず、事実上、コピーだけ頂いて参考にさせていただきますので」

とか言って抵抗することが多い。

「告訴状の受理を拒絶されるということでよろしいですか。では警察署長宛に内容証明でお送りするしかないですね」

と言うと警察官は慌てる。しかし、私の場合は、その場で警察官と交渉した結果、きちんと捜査をしてくれる、進捗報告もしてくれるという内々の約束を得て、告訴状提出の強行はいったん引っ込め、コピーだけ取ってもらって帰ることが多い。

別にこちらの目的は、告訴状を受理してもらうことではない。捜査をしてもらうことが目的だから、捜査をしてくれる目処さえ立てば告訴状はどうでもよいわけである。きちんとやってくれなかったら、そのとき初めて内容証明で告訴状を出してもよい。

このように、告訴は法と実際上の運用の乖離が著しい分野で、一筋縄ではいかない。

素人だと舐められるので、告訴をしたいときは弁護士に頼んだ方がいいと思う。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

 

*1:いわゆる俺々詐欺は別。警察は俺々詐欺対策には力を入れているから、概ねちゃんとやってくれると思う。

*2:被害者以外の第三者がする同様の意思表示として「告発」という制度があるが、本稿では告発の説明は割愛する。

*3:もっとも親告罪は別。親告罪の場合は告訴がなければ起訴できないので。

*4:犯罪捜査規範61条。