弁護士三浦義隆のブログ

流山おおたかの森に事務所を構える弁護士三浦義隆のブログ。

エマ・ワトソン演説と「弱者男性」問題について

1. エマ・ワトソン論争の概観

3年前に女優のエマ・ワトソン氏が国連でしたフェミニズムに関するスピーチの話題が、なぜか今さらネット上で再燃しているようだ。

logmi.jp

ワトソン氏はこのスピーチの中でいろいろなことを話しているが、今話題になっているのは、

  • 男性もジェンダー・ステレオタイプから自由になってよい(あるいは、なるべきだ)」

と主張している部分。

ワトソン氏は、

「弱いと思われるのが嫌だから」と言って、男性は心が弱っているのに助けを求めようとしません。その結果、イギリスの20歳から49歳の男性は、交通事故、ガン、心臓疾患よりも自殺によって命を落とす方が圧倒的に多いのです。「男性とはこうあるべきである」「仕事で成功しなければ男じゃない」という社会の考え方が浸透している為に、自信を無くしている男性がとても多くいるのです。つまり、男性も女性と同じようにジェンダー・ステレオタイプによって苦しんでいるのです。男性がジェンダー・ステレオタイプに囚われていることについては、あまり話されることがありません。しかし、男性は確実に「男性とはこうであるべきだ」というステレオタイプに囚われています。彼らがそこから自由になれば、自然と女性も性のステレオタイプから自由になることが出来るのです。男性が「男とは攻撃的・アグレッシブであるべきだ」という考え方から自由になれば、女性は比例して男性に従う必要性を感じなくなるでしょう。男性が、「男とはリードし、物事をコントロールするべきだ」という考え方から自由になれば、女性は比例して誰かにリードしてもらう、物事をコントロールしてもらう必要性を感じなくなるでしょう。

とか、 

男性も女性も繊細であって良いのです。男性も女性も強くあって良いのです。

 とか述べている。

この主張に対して、

  • しかしエマ・ワトソンの歴代交際相手は男らしい成功者ばかりではないか。女がそういう男を選ぶ以上、男がジェンダー・ステレオタイプから自由になれるはずがないではないか。ワトソンは矛盾している。

などと批判するネット民が大勢現れた。

これに対しての反論も多数出て、論争状態となっている。

私の専門とは無関係の話題ではあるが、この論争について少々考えてみた。

2. エマ・ワトソンの主張は矛盾はしていないが救済にはなりにくい

ワトソン氏の主張について「矛盾」という強い言葉を使って批判する意見が多く見られるが、同氏の主張に論理矛盾は見当たらない。

ワトソン氏の立場からは、そもそも、「(ワトソン氏のような若く美しい)女性に選ばれなければ救われない」という批判者のよって立つ前提そのものが、ジェンダー・ステレオタイプの一つだということになるはずだからだ。

ワトソン氏の主張は、男がナヨナヨしていて弱くても、女をリードし物事をコントロールすることができなくても、モテなくても、そのことによって人としての価値を否定されるべきではないということであろう。この主張は、弱い男が弱いままで女にモテることがないとしても、なんの支障もなく成立する。

だから論理的には、「エマ・ワトソンは矛盾している」との批判はあたらないだろう。論理的には。

しかし、実際上このような主張が、いわゆる「弱者男性」を本当に救うかというと、その点は疑問だ。

ワトソン氏の主張を「男はモテるほど価値がある」というジェンダー・ステレオタイプに適用すると、同氏の主張は

  • モテなくても気にするな。気にしないようにすれば、解放されて楽になる

となる。

たしかにそうできれば楽になるかもしれないが、「うるさい。そんなことができれば苦労はしないよ」

と思う人が多いのではないだろうか。

貧しい人に「貧しくてもよいではないか」と説く「清貧の思想」というのがあるが、これは貧困や社会的格差を正当化する主張だとして強く批判されることが多い。

ワトソン氏の主張も、モテたいのにモテない男から見たら、金持ちから清貧の思想を説かれているように映るだろう。

ワトソン氏の主張に反発する男性が少なからずいたのは、少なくとも心情的には理解できる。

3. 「弱者男性」「キモくて金のないおっさん」問題に解決策はあるか

今回の論争に限らず、いわゆる「弱者男性」問題とか「キモくて金のないおっさん」問題というのは、ネット上では常に高い関心を集める話題だ。

  • 「キモくて金のないおっさん」こそが現代日本における最たる弱者であり、是非とも救済されるべきだ

といった意見を述べる人がよく見られる。

しかし、具体的にどのように救済すべきかについて現実的な方策を示す主張には、私の観察範囲では接したことがない。

解決策のない問題というのは、そもそも問題でないか、あるいは少なくとも問題として考える意義に乏しいことになろう。その点、「弱者男性」「キモくて金のないおっさん」問題はどうか。

まず、「キモくて金のないおっさん」のうち「金のない」問題は、通常の経済政策や再配分政策の問題にすぎないことが明らかだから、固有の問題として論じる必要はないだろう。

 

したがって、主な問題は「キモい」問題の方であろう。

ここで「キモい」とは、「容姿やコミュニケーション能力に劣るため、異性から承認を得にくい男性」くらいに捉えておけば概ね間違いないだろう。換言すれば非モテ男性のことだ。

先に取り上げた「モテなくても気にしない」という解決策以外に、これを解決する方法はあるのだろうか。

もっとも直接的で効果的な解決策としては、

  • お金と同じように、国家が強制的に女性を「再配分」してしまう

というものが考えられる。しかしお金と違って女性には人格があり人権があるから、このような解決策はとうてい支持し得ない。

キモくて金のないおっさんの救済を強く主張する論者でも、「女性を再配分しろ」とまで主張する人は見たことがない。論者も「女性を再配分してしまうわけにいかない」ということは前提にしているからだろう。

しかし、「女性を再配分する」という解決策を否定してしまうと、この問題に果たして独自の意義があるのか疑わしく思えてくる。

なぜならば、女性再配分以外にとりうる解決策は、結局経済政策やお金の再配分に帰着するので、社会的経済的問題一般から「キモくて金のないおっさん」問題を区別して論じる実益が乏しいように思われるからだ。

近年、生涯未婚率は男女とも目に見えて上昇しており、中でも男性の生涯未婚率の上昇は顕著だ。*1

異性との交際経験を持たない人の割合も男女ともに上昇しており、特に20代男性では53.3%が「交際経験なし」だとのちょっと衝撃的な調査結果もあった。*2この調査では、特に男性において、年収が高いほど恋愛・結婚に前向きであるという傾向が見られることも指摘されている。

このように生涯未婚とか交際経験なしという人が増えてきた背景には、「恋人がいない人や独身者は人格的に未熟」といった世間の偏見が薄れてきたということもあるだろう。

だから生涯未婚や交際経験なしの増加は、全面的に悪いことというわけではない。それこそワトソン氏の主張に沿う「モテなくても気にしなくてよい社会」が、昔に比べたらある程度実現しているともいえる。

しかし、よい面はあくまで一部であって、「恋人がほしいのにできない」「結婚したいのにできない」人が増えているという負の側面の方がおそらく大きいだろう。

そして、その負の側面は、バブル崩壊以降の若者の経済力のなさが原因となっている可能性が高い。結婚生活には一定の経済的基盤が必要と考えられているし、特に男性においては、低収入がモテの上でも結婚の上でも重大な不利になるからだ。

この負の側面を解決するために、異性再配分のような直接的な解決策ではないが、経済的格差を縮小し貧困を減らすような施策は、生涯未婚者や交際経験を持たない人を減らす方向に働くだろう。

そのような施策は、どんどん行うべきだと思う。

そして、「弱者男性」「キモくて金のない男性」問題は、結局そういう普通の経済政策や再配分政策により解決を図る他ないのではないか。

換言すれば、これを固有の問題として論じてみても、固有の現実的な解決策はどうもなさそうだから、時間の無駄ではないかと思う。

と言いながら、私も時間を費して本稿を書いてしまったわけだが。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

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