弁護士三浦義隆のブログ

流山おおたかの森に事務所を構える弁護士三浦義隆のブログ。

40年以上前の殺人事件に公訴時効が成立しない理由を解説しよう

1.なぜ時効が完成していないのか

1971年の殺人事件の容疑で指名手配されていた被疑者(以下「A氏」とする。)が、別の被疑事実で逮捕されたという報道が話題を呼んでいる。なお私は被疑者段階での実名報道は拡散しないことに決めているから、本稿でも報道は引用しない。

40年以上前なら殺人罪でも公訴時効なのでは?なぜ公訴時効が成立してないの?との疑問がネット上に散見されるから解説しておく。

まず、1971年当時の殺人罪の公訴時効は15年だった。その後、殺人罪の公訴時効は2004年に25年に延長され、2010年には廃止された。

話題の事件は、発生当時は15年の公訴時効が適用される対象だったが、この公訴時効が完成する前の1972年に、共犯者とされる人物(以下「B氏」とする。)が起訴された。

刑事訴訟法254条2項は、共犯の一人に対して公訴を提起すると、他の共犯に対しても時効停止の効力があることを定めている。そのためA氏に対する時効の進行も、いったん停止した。

刑事訴訟法第254条  時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。

2  共犯の一人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有する。この場合において、停止した時効は、当該事件についてした裁判が確定した時からその進行を始める。

普通に裁判が進行すれば、先に起訴されたB氏に対する裁判が確定した時から、A氏の時効は再び進行を開始するはずだった。

ところが、先に起訴されたB氏が重い精神疾患にかかってしまった。

そこで、事件が高裁段階にあった1981年、B氏が「心神喪失」と認められて、刑訴法314条1項により公判手続が停止された。*1

刑事訴訟法第314条  被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。

2  被告人が病気のため出頭することができないときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。但し、第二百八十四条及び第二百八十五条の規定により代理人を出頭させた場合は、この限りでない。

3  犯罪事実の存否の証明に欠くことのできない証人が病気のため公判期日に出頭することができないときは、公判期日外においてその取調をするのを適当と認める場合の外、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。

4  前三項の規定により公判手続を停止するには、医師の意見を聴かなければならない。

この公判手続停止によって、B氏の公判がいつまでも続いていることになり、続いている限りはA氏の時効も完成しないという状況になった。

そして、B氏の公判停止状態が続いていた2010年に、殺人罪については公訴時効が廃止されたから、A氏の公訴時効も結局完成しないことが確定した。

事案の説明としてはこのとおり。

 

2. 時効廃止の効力って遡及するの?

ところで、「刑罰法規の不遡及」「事後法の禁止」という原則を聞いたことはないだろうか。

刑罰法規は、行為当時の法規が適用されるべきであり、行為後に刑罰法規が成立したり被告人に不利に改正されたりしても、行為後の法規をさかのぼって適用することはできないという原則だ。

憲法第39条  何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。また、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない。

前記のA氏は、事件当時には15年の公訴時効が適用される身分だった。B氏の起訴によって公訴時効が停止したとはいえ、B氏に対する裁判が確定すれば再び時効が進行するはずだった。

しかし、殺人罪等について公訴時効を廃止した改正刑訴法は、改正法の施行時点で既に時効が完成していた罪については遡及的適用はしないが、施行時点で時効が完成していない事件については遡及的に適用することとした。*2

このように、事件当時よりも不利に公訴時効制度を改正しておいて、これを遡及的に適用することは事後法として禁止されるんじゃないの?という疑問がないだろうか。

実はこの論点については最高裁判例がある。結論としては「公訴時効の廃止を遡及的に適用しても憲法39条、31条に違反せず合憲」というものだ。

公訴時効制度の趣旨は,時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある。本法は,その趣旨を実現するため,人を死亡させた罪であって,死刑に当たるものについて公訴時効を廃止し,懲役又は禁錮の刑に当たるものについて公訴時効期間を延長したにすぎず,行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない。そして,本法附則3条2項は,本法施行の際公訴時効が完成していない罪について本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとしたものである から,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない。 したがって,刑訴法を改正して公訴時効を廃止又は公訴時効期間を延長した本法 の適用範囲に関する経過措置として,平成16年改正法附則3条2項の規定にかか わらず,同法施行前に犯した人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの で,本法施行の際その公訴時効が完成していないものについて,本法による改正後 の刑訴法250条1項を適用するとした本法附則3条2項は,憲法39条,31条 に違反せず,それらの趣旨に反するとも認められない。

ここで最高裁は、合憲判断の理由として

(1)公訴時効の廃止や期間延長は、行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではないこと

(2)改正法は、施行時点で時効が完成していなかった罪に適用されるにとどまり、時効が完成済みの罪にまで適用されるわけではないから、被疑者・被告人となり得るものの既に生じていた地位を著しく不安定にするものでもないこと

を挙げている。

このうち、より重要というか、メインとなるのは(1)の理由付けだろう。

事後法の禁止は罪刑法定主義から導かれる原則だ。

そもそも罪刑法定主義が何のためにあるかまでさかのぼって考えてみよう。罪刑法定主義は、どんな行為が処罰の対象となるかを国が予め明示しておくことにより、市民の行動の予測可能性を確保し、自由な活動を可能にするために要請されると言われている。

こうした観点からみると、行為当時に犯罪でなかった行為を事後法で処罰できないのは当然だ。例えばある日から一定のポルノ作品の所持が犯罪化されたとして、その日以降そのようなポルノ作品を捨てなければならないのは仕方ないかもしれない。しかし、犯罪化以前に所持していたことまで処罰されるとしたら、これはどう考えても不正義だろう。

一方、公訴時効についてはどうか。法が犯罪と明示している行為をするにあたり、「この犯罪をしても時効はX年だからX年逃げ切れば処罰されない」という行為時点での予測を保護する必要がそもそもあるだろうか。ないのではないか。

このように考えると、「公訴時効の廃止や延長を遡及させても、行為時の違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではないからOK」という最高裁の理由付けには、説得力があると思う。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

http://otakalaw.com/

 

 

 

 

 

*1:B氏は、結局回復することなく公判停止状態のまま2017年2月に亡くなったようである。

*2:法務省:刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律