弁護士三浦義隆のブログ

流山おおたかの森に事務所を構える弁護士三浦義隆のブログ。

叱責はどこからパワハラになるか

国会議員が秘書に対し、殴ったり暴言を吐くなどのパワハラをした件が話題になっている。

私もネット上に公開されていた録音を聴いたが、あまりのひどさに驚いた。文句なしに不法行為であろう。

行為そのものは非難に値するが、加害者も精神的にケアが必要な状況ではないかという気がする。被害者にきちんと謝罪や損害賠償をするとともに、加害者もしっかり療養してほしい。

 1.  パワハラは線引きも立証も難しい

ところで、話題の議員の件くらいひどい事案なら問題はないが、一般的には、パワハラは判断も立証も難しい類型だ。

何しろ上司は部下に対し、業務上必要な指導・注意であれば適法に行えることになっている。指導・注意が多少きつい叱責に及んだとしても、社会通念上相当な範囲であれば違法とまでは評価されない。

そのため、適法な指導・注意と違法なパワハラの線引き問題が生じる。この点、同じハラスメントでもセクハラは職場で性的言動をする必要が通常ないから、適法な職務執行との線引きという問題は生じにくいのと対照的だ。

線引きの難しさを反映して、立証にも困難が伴うことが多い。

加害者の発言について、全体としての内容だけでなく一つ一つの言葉選びや口調なども重要な要素となるから、録音などの証拠があるのが望ましい。

民事訴訟においては秘密録音でも問題なく証拠採用されるのが通常なので、パワハラを受けている人は躊躇なく録音しよう。

2.  叱責はどこからパワハラになるか

では、上司が部下を叱責した場合、その言動が業務上の指導・注意の範囲を超えて違法なパワハラとされるのはどのような場合か。

これは一律に述べるのは難しい。

例えば部下の側に叱責されるべき落ち度があって、しかもその落ち度が大きいときには、比較的きつめの叱責でもセーフとされる余地がある。このように、具体的状況によって判断が異なってくるからだ。

しかし多数の裁判例を見ていくと、目安として以下のようなことはいえる。

2-1. 物理的暴力はアウト

まず物理的暴力はいくら部下に落ち度があろうとアウト。当たり前だ。*1

2-2. 「馬鹿」などの人格否定的発言もアウト

「馬鹿」「アホ」「死ね」「殺すぞ」などの人格否定的、名誉毀損的、あるいは脅迫的な暴言も、部下に落ち度があってもアウト。これも常識にかなった話だろう。

前記の議員による「このハゲー!」もここでアウトだろう。

「給料泥棒」「使えない」といった発言がパワハラと認定されている例も多い。

ちなみに、「殺すぞ」などと言う奴いるの?と思われるかもしれないが、上司による「(ぶっ)殺すぞ」との発言が認定されている裁判例は、実はけっこう多い。

2-3. 退職を迫ったり解雇や懲戒処分などを示唆する発言はパワハラになりやすい

これもパワハラと認定されやすい。

もちろん、平穏な退職勧奨であれば適法に行なう余地はある。しかし、必要もないのに、部下の生殺与奪を握っていることを誇示するために退職や解雇に言及したような場合はパワハラとされるだろう。

2-4. 他の人がいる前で叱責したりするとパワハラになりやすい

名誉毀損と関連するが、他の従業員などがいる前で叱責する行為は、過度の屈辱感を与えるためパワハラと認定されやすい。

2-5.いずれにせよ強い叱責はパワハラのリスクが高い

暴力をふるったり馬鹿呼ばわりしたりという極端な行為であれば、「言われなくてもそんなことしないよ」という人が多いかもしれない。

しかし、そこまでは行かない言動で、かつ部下側に落ち度があったとしてもパワハラと認定されている例は多い。

例えば、

  1. 弁護士法人レアール事件(東京地判平27・1・13判時2255-90)では、弁護士法人の事務局長が、部下である事務員が依頼者に請求すべき債務整理の減額報酬を計上し忘れるというミスをしたことに対し、「はぁ~??時効の事ムで受任(@五二五◯◯)じゃないんでしょ?なぜ減額報酬を計上しないの?ボランティア??はぁ~??理解不能。今後は全件丙田さんにチェックしてもらう様にして下さい」と手書きしたA4用紙を本人の机の上に置いた行為が不法行為とされた。
  2. 東京高判平17・4・20労判914-82は、保険会社のサービスセンター(SC)所長が、未処理件数が多いなどの落ち度のあった課長代理に対し、本人を含む従業員十数名にメールを同時送信する方法で、「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。(中略)これ以上会社に迷惑をかけないで下さい。」などと述べた行為が不法行為とされた。
  3. 富国生命ほか事件(鳥取地裁米子支判平21・10・21労判996-28)は、保険会社の支社長らが、マネージャーであった原告に対し、①不告知教唆という不正行為の有無を他の従業員がいる前で問いただした行為、②「マネージャーが務まると思っているのか。」「マネージャーをいつ降りてもらっても構わない。」などと叱責した行為がいずれも不法行為とされた。

こんな感じ。

どうだろうか。このくらいの言動だと、身近で見たことある、あるいはやってしまっている・やられているという人もそれなりにいるのではないか。

現在パワハラに該当するおそれのある行為をしている人や、している従業員に心当たりのある経営者は、今後は部下を過度に傷付けない平穏な指導注意を行なうよう、くれぐれも注意してほしい。

反対に、現在上司から過度の叱責などを受けて苦しんでいるという人は、可能な限り録音などの証拠を収集した上で、弁護士に相談するとよいだろう。

3.参考文献

佐々木亮・新村響子著「ブラック企業 ・セクハラ・パワハラ対策(労働法実務解説10 )」を参考にした。一線級の労働弁護士が書いたもの。

様々な論点についてほどよい分量の記述があり、判例も多数紹介されている良書だ。

法律実務家のみでなく、企業の人事担当者なども読んでおくとよいだろう。

ブラック企業・セクハラ・パワハラ対策 (労働法実務解説10)

ブラック企業・セクハラ・パワハラ対策 (労働法実務解説10)

 

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

 

*1:物理的暴力が認定された事件として、ヨドバシカメラほか事件(東京地判平17・10・4労判904-5)、ファーストリテイリングほか事件(名古屋高判平20・1・29労判967-62)など。

警察官が犯罪をでっち上げて被疑者を逮捕した上、友人を目撃者に仕立てて偽証をさせた事例

道交法違反関係の裁判例を検索していたら、「これはひどい」という裁判例にヒットした。面白いので紹介しておく。

事件そのものは昭和50年。裁判は刑事が昭和51~52年、民事が昭和58~61年と、かなり古い話ではある。

以下に流れをまとめてみた。

  1. 昭和50年5月4日、タクシー運転手のAがタクシーを運転していたところ、路上で交通整理をしていた警察官Kの脇にA車両が停止し、AとKは会話をした。
  2. KはAに対し、Aが道交法違反(進路変更禁止違反)をした旨を告げ、執拗に運転免許証の提示を求めるなどした。なお道交法違反の事実はなかったし、Kが道交法違反を疑うべき合理的な理由もなかった。
  3. AはKに反論して口論になった。Aは車を発進させて立ち去ろうとしたため、KがAの右腕を押さえた。Aがこれを振りほどこうとするなどして、もみ合いになった。この際に、Aの右手がKの顔に当たり、Kは加療約1週間を要する顔面挫傷を負った。ただしAの行為は故意の暴行とは認定されていない。
  4. Kは、道交法違反及び公務執行妨害の現行犯としてAを逮捕した。なお、前記のとおり道交法違反の事実はなかったし、Kが道交法違反を疑うに足りる合理的理由もなかったから、Aに対し執拗に免許証の提示を求めるなどしたKの行為は適法な「公務」とはいえない。したがって公務執行妨害罪成立の余地はなかった。
  5. Kは、5月6日頃、高校時代に同学年、2年生時には同クラスだったFに、実際にはFが逮捕現場に居合わせていなかったにも関わらず、「自分は逮捕現場に居合わせていたが、タクシー運転手が進路変更禁止に違反し、これを注意した取締中の警察官を右手で殴打したのを見た。」という虚偽の供述をしてほしい旨を依頼し、Fはこの依頼を引き受けた。
  6. Kは、現場付近で私服で目撃者探しをした結果、目撃者であるFを発見したとして、上司であるM刑事のところにFを連れてきた。
  7. Fは、参考人として取調を受けた際、捜査官に対し、Kから頼まれたとおりの虚偽の供述をし、その旨の供述調書が作成された。
  8. Aは5月4日に現行犯逮捕された後、5月7日に勾留され、5月21日に保釈されるまで15日間(逮捕段階を合わせると18日間)身柄拘束された。
  9. Aは全面否認のまま、5月13日に公務執行妨害、傷害罪で起訴され、5月30日には道交法違反で追起訴された。
  10. 刑事公判の第一審では、Fが証人として出廷し、捜査段階と同様の虚偽証言をした。KもFも、「KとFは、Kが目撃者探しをしていてFに出会ったのが初対面であり、それまで何ら面識はなかった」と供述した。
  11. 刑事公判第一審判決(東京地判昭和51・3・22)は、K及びFの証言の信用性を認め、これらの証言を主要な証拠としてAを有罪とした。Aは控訴。
  12. 刑事第一審の有罪判決後、弁護人らはKとFの関係に疑いを持ち、調査を開始したようである。同じ頃、Fは急遽メキシコに渡航し、そのまま帰国しなかった。
  13. 刑事第二審の公判では、弁護側証人Tが出廷して、「FがTに対し、友達の警察官から虚偽の目撃供述を求められて悩んでいるという趣旨のことを語っていた」と証言した。また、KとFの卒業した高校が照会に応じ、KとFは同高校の同年次生であって、2年次には同級生であった旨を回答した。
  14. 刑事第二審は、KとFの証言の信用性を否定し、逆転無罪判決(東京高判昭和52・4・18判タ352号329頁)。検察官は控訴せずそのまま無罪判決が確定。
  15. Aは東京都、KおよびFを被告として損害賠償請求訴訟を提起。民事第一審判決(東京地判昭和58・4.22)は、東京都及びFの賠償責任を認めて両者に163万円余の支払を命じたが、Kについては国家賠償法上個人責任は追及できないとして、Kに対する請求は棄却。Kを除く3名が控訴。なお、この訴訟において、Fは本人尋問のための呼出しを受けながら出頭しなかった。
  16. 民事第二審判決(昭和61・8・6判タ612号26頁)は、一審判決を変更して賠償額を193万円余に増額。また、一審では否定されたKの個人責任も認めた。Kが参考人として捜査機関に対し供述した行為や証人として法廷で証言した行為は職務執行行為ではないから、このような行為については国家賠償法により都が責任を負うのではなく、民法709条によりKが責任を負うとされた。

こんな感じ。

警察官は偽証のプロであるという認識は、多くの弁護士が持っていると思う。

犯行を目撃したとか、違法な捜査はしていないなどとする警察官の供述の信用性が否定されて無罪が出た裁判例は山ほどある。(ただし裁判所は警察官の虚偽供述を安易に信用する傾向があるから、警察官の嘘が通ってしまっているケースの方がずっと多いと見るべきだろう。無罪判決は氷山の一角。)

だから警察官の偽証だけなら珍しくもないが、部外者にまで偽証させた挙句に割とあっさりバレているという点で、ひときわ「これはひどい」感が強い事案だ。

A氏はとんだ災難だったが、ともあれ無罪となり賠償も認められたのは不幸中の幸いであろう。

この件でKとFの関係が発覚したのは弁護人が疑って調査をしたからのようだが、弁護人がそこに気付かなければ、そのまま冤罪が確定していたところであった。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

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性犯罪規定改正の要点 ~ 非親告罪化は被害者を救うか

今国会では重要な刑法改正案が成立した。*1

この改正は、性犯罪に関する複数の規定を大幅に改めるものだ。6月23日に公布され、7月13日に施行される予定。

共謀罪の影に隠れて、一般の方にはあまり注目されていないようだから、簡単に解説しておきたい。

今回の刑法改正で、特に重要なポイントは以下のとおり。

 

1. 強姦罪の罪名が「強制性交等罪」に変更された

以下に述べる規定内容の変更に対応して、従来の強姦罪」の罪名が、「強制性交等罪」に変更された。

2. 強制性交等罪は肛門性交・口腔性交も対象

2-1. 改正前

強姦罪は暴行・脅迫を用いて陰茎を膣口に挿入することにより成立する罪であった。

→肛門性交や口腔性交を強要しても強制わいせつ罪にしかならなかった。

2-2.改正後

強制性交等罪は、暴行・脅迫を用いて肛門性交や口腔性交をすることによっても成立することとなった。

2-3.コメント

妥当な改正と思う。

肛門性交や口腔性交の強要も、性的自由の侵害の程度において、膣性交とそんなに大きな差があるとは思われない。

妊娠可能性の有無などの差異はあるが、そもそも日本の刑法は法定刑の幅が広く裁判官による量刑の自由度が高いから、そのへんは量刑事情として考慮すればよいのではないか。

3. 強制性交等罪は男性も被害者に含まれる

3-1. 改正前

強姦罪の客体は「女子」とされていた。

→女性が男性に対して陰茎と膣口による性交を強要しても、強制わいせつ罪にしかならなかった。

3-2. 改正後

強制性交等罪は客体を女性に限っていない。

→男性も被害者になりうることになった。

3-3. コメント

男女平等の観点から妥当な改正であろう。

4. 強姦罪改め強制性交等罪の厳罰化

4-1. 改正前

強姦罪の法定刑の下限は懲役3年

4-2. 改正後

  • 強制性交等罪の法定刑の下限は懲役5年
  • 上限は変更なし

→刑法上、執行猶予は3年以下の懲役・禁錮を言い渡す場合に限り付けることができる。

つまりこの改正により、強制性交等罪で執行猶予を付けることは原則的にできなくなった。(ただし酌量減軽した上で執行猶予とする余地はある。)

4-3. コメント

強盗罪の法定刑の下限は元々5年。

強盗との均衡を考えると、強制性交等罪(旧強姦罪)の法定刑の引き上げは妥当に思える。

しかし、この不均衡は強盗罪の法定刑が重すぎるせいと考えることもできる。

そうであれば、強姦罪を引き上げる方向でなく、強盗罪の法定刑を引き下げる方向で揃えるべきだったという考え方も成り立つだろう。

微妙なところだ。

5. 監護者わいせつ罪および監護者性交等罪の新設

18歳未満の児童を現に監護する者が、その影響力に乗じて児童にわいせつ行為や性交等をした場合に、強制わいせつ・強制性交等と同様に処罰する「監護者わいせつ罪」と「監護者性交等罪」が新設された。

6. 非親告罪

6-1. 改正前

強制わいせつ罪、強姦罪等は親告罪だった。告訴がなければ起訴できなかった。

6-2.改正後

強制わいせつ罪、強制性交等罪は親告罪ではなくなり、告訴がなくても起訴できるようになった。

6-3.コメント

この非親告罪化は、今回の改正の中でも最も評価が難しい点だ。

まず、被疑者・被告人の利益という観点からは、告訴がなくても起訴される可能性が生じるのだから、不利益な改正なのは間違いない。

一方、被害者救済の観点から非親告罪化が有益なのかというと、一概にそうも言い切れないように思うのだ。

性犯罪に限らない一般的な話として、犯罪被害の民事的側面(主に損害賠償)は、かなりの確率で被害者の泣き寝入りに終わる。

加害者にお金がない場合が多いし、お金を払ってまで守りたい地位もない場合が多いからだ。

それでも、加害者が被疑者・被告人として刑事手続に乗っており、刑事弁護人がついている間は、まだ加害者側にも損害賠償をする動機がある。

被害弁償をすると不起訴にしてもらえたり、刑が軽くなったりする可能性があるからだ。

刑事弁護人は被疑者・被告人の刑事処分を少しでも軽くするのが仕事だから、刑事処分が済んでおらず刑事事件が手元にある間は、被害者との示談交渉も行う。その限りでは、民事の代理人としての仕事もするわけだ。

刑事処分が済むと、加害者にとってお金を払うメリットがなくなる上、間に入っていた弁護人までいなくなってしまう。その時点で損害賠償は、事実上絶望的になることが多い。

しかし、他人に損害を与えた以上、加害者は自分の損得など考えずに弁償すべきだ。弁償しないのは不当だ。許されない。

もちろんそうに決まっている。

ただ、現実にはそうなっておらず、加害者は自分の得にならない場合には損害賠償をしない傾向があるというのも確かなことだ。

ところで親告罪は、告訴が起訴の要件とされることから、いわば被疑者の生殺与奪を被害者が握ることになる犯罪類型だ。

しかも強制わいせつや強姦などの罪は、他の犯罪に比べると比較的、まともな社会的地位や収入がある被疑者・被告人が多い類型である。

従来、強制わいせつ罪や強姦罪等では、この「示談して告訴を取り下げてもらえば起訴されない」ということと、「被疑者に資力がある場合が比較的多い」ということが、被疑者が示談のため損害賠償をする強力なインセンティブになっていた。

 このインセンティブを敢えて弱めるのが、今回決まった非親告罪化である。

これが被害者救済につながるだろうか。

今のところ、私は疑問を持っている。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

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「ソシャゲ破産は免責されない」は誤り

 1. 「ソシャゲ破産は免責されない」との誤情報は人を殺す

先日Twitterで、「ソシャゲ課金で破産しても免責を受けられないから債務が残る」という趣旨のツイートが大量に拡散されたようだ。

結論から述べるとこれは誤りだ。

既に私以外の複数の弁護士がTwitterなどで誤りを指摘している。

6月19日20時30分現在、Twitter検索によって問題のツイートを見つけることができなかったから、当該ツイートは既に削除されたのかもしれない。そうだとしたら、誤りだということに気付いて削除したということなのだろう。

しかし、誤った情報が一度多くの人に拡散されてしまうと、これを修正するのはなかなか困難だ。

実際、誤りを指摘する弁護士らのツイートは、どれもあまり拡散されていなかった。

そこで私も書いておくことにした次第。

私は、この破産免責に関する誤った情報は、あらゆる法律関係の誤情報の中でも有害性が高いと思う。

このような誤情報は、債務者を死に至らしめる可能性すらあるからだ。

自死の原因として借金苦が多いことは誰でも知っていると思う。弁護士をしていると、債務整理の依頼者が「自殺も考えた」と述べて相談室で涙を流すといったことは決して珍しくない。

しかし、弁護士のところまでたどり着いた人は債務を整理できるから死なない。弁護士費用が捻出できない人には法テラスによる援助制度もあるし。

自己破産や個人再生といった制度を知らなかった人、知っていても何らかの理由で利用できないと思いこんでしまった人が、弁護士に相談することもないまま亡くなるケースが相当数あるのだろう。歯がゆいものがある。

一因として弁護士業界の広報不足もあると思うので、もっと努力しなければならないだろう。

2. 浪費や射幸行為は免責不許可事由だが裁量免責は可能

2-1. 浪費や射幸行為は免責不許可事由

素人が「ソシャゲ破産は免責されない」と思い込んでしまう理由は想像がつく。

破産法252条1項4号が、免責不許可事由として、「浪費又は賭博その他の射幸行為をしたことによって著しく財産を減少させ、又は過大な債務を負担したこと」を挙げているからだ。

破産法 第252条  裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。

  債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと。

  破産手続の開始を遅延させる目的で、著しく不利益な条件で債務を負担し、又は信用取引により商品を買い入れてこれを著しく不利益な条件で処分したこと。

  特定の債権者に対する債務について、当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的で、担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたこと。

四  浪費又は賭博その他の射幸行為をしたことによって著しく財産を減少させ、又は過大な債務を負担したこと。 

債務者が過度に高額のソシャゲ課金をした場合、「浪費又は賭博その他の射幸行為」にあたることは間違いない。

だから免責不許可事由にあたり、免責してもらえない可能性がある。ここまでは間違っていない。

これはソシャゲ課金に限らず、FXなどの投機的取引でも、パチンコや競馬などのギャンブルでも、風俗やキャバクラ遊びなどでも同じだ。過度の無駄遣いをした結果の破産であれば、免責してもらえない可能性はある。

2-2. 免責不許可事由があっても多くの事例では裁量免責される

「免責されない可能性がある」、一応そこまでは正しい。

重要なのはその先だ。例えば盲腸の手術だって死ぬ可能性はあるだろうが、「盲腸でも死ぬ可能性がある」と述べただけでは情報として役に立たないだろう。

では実際のところどうなのか。ざっくり言うと、以下のようになっている。

  • 免責不許可事由がある場合でも、「裁量免責」という制度があるため免責は可能(破産法252条2項)
  • 実際上、裁判所は裁量免責を広く認めている
  • 弁護士の実務的な相場感覚としては、弁護士が代理人としてしっかり準備をした上で裁量免責を求めた場合、たいてい免責は認められる

したがって、ソシャゲ破産だからといって免責が絶望的ということは全くない。

実際に免責されるか否かは個々の事情の総合判断によるとしか言いようがないが、一般論として、

  • 債務の額が極端に大きい場合
  • 返せないとわかった後に更に多額の債務負担を繰り返したり、破産手続に際して裁判所に虚偽を述べるなど、悪質な事情がある場合

などは免責不許可に傾きやすいといえる。

いずれにせよ、免責見込みがあるかないかの判断は素人にできるものではない。

そして、依頼者がネットで聞きかじってきた知識で「免責されないのでは」と不安がる案件でも、弁護士から見ると免責可能なことがほとんどだ。*1

くれぐれも、ネット上の断片的な知識で免責されないと思いこんで諦めたりせず、弁護士に相談するようにしてほしい。

「私は借金なんかしないから大丈夫」という人でも、近しい人が借金苦に陥るといったことはあり得ないでもないから、頭の隅にでも入れておいてほしい。

3. とはいえ過度の浪費は禁物

以上述べたように、もしソシャゲ重課金などの浪費行為で大きな債務を負ってしまったとしても、まだまだ希望はあるので諦めないでほしい。

しかし、まだ債務を負っていない人にアドバイスするなら話は別になる。

裁量免責となる場合が多いとはいえ、浪費や射幸行為が免責不許可事由にあたるのは間違いない。

したがって、浪費などをして破産申立をする人は、裁判所の裁量次第で免責が許可されないかもしれないという不安定な状況に追い込まれることになるわけだ。実際に免責されない場合もあることは既に述べたとおり。

仮に免責が許可されるとしても、そもそも破産すること自体、その後数年はいわゆるブラックリストに入り新たな借入れやクレジットカードの契約が難しくなるなど、一定の不利益を伴う事態だ。

もちろん返済不能なほどの多重債務に陥ってしまったらもはやブラックリストなんか気にせず躊躇なく破産すべきだが、多重債務に陥ること自体、避けられるなら避けた方がいいに決まっている。

だから、ソシャゲにせよFXにせよ賭博にせよ、自らの収入で無理なく支払える範囲を超えた過度の支出はすべきでない。

裁量免責を期待して計画的に浪費するような人がそうそういるとも思えないから蛇足かもしれないが、念のため付言しておいた。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

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*1:本稿よりももう少し詳しく書いてある弁護士のブログとして、鈴木愛子氏のブログを紹介しておく。破産に注力していて管財人経験も豊富な弁護士なので信頼性は高い。

やりたくない事件にだけ「抑制的」な警察を動かす方法

 1.  やりたくない事件には「抑制的」な警察

少し前の話だが、政治学者の三浦瑠麗氏が、共謀罪関連のコメントで

「日本の警察がいかに抑制的か知らず、法案の字面だけ読んで「大変な事態になる」と反応しているのでしょう。」

と述べて、困惑や嘲笑などの様々な反応を引き起こした。

www.asahi.com

そのとき私はこういう感想をツイートしたし、これに付け加えることは特にない。

私が道交法違反をしていないのに切符を切られそうになった件を書いた前々回エントリからも明らかなように、日本の警察が一般的に抑制的とはとうてい言えない。

しかし、警察は、面倒くさいからやりたくない事件についてはきわめて抑制的だ。

警察は、被害者が民事でなく純然たる刑事の訴えをしていても、やりたくない事件だと「民事不介入」などと言って門前払いしようとするのが常であることも以前のエントリで書いた。

被害者は素人なのでよくわからないから、嘘でも「民事不介入」などと言われれば大半はそういうものかと思ってすごすご引き下がるだろう。一件落着である(警察的には)。

特に詐欺事犯などでは警察の怠慢は著しい。*1弁護士をやっていると、詐欺被害者からの相談を受けることがよくある。民事でお金を取り返す交渉や裁判をするとともに、刑事でも立件してもらいたいと思って警察に持ち込むが、詐欺罪成立は明らかなのに頑として何もしてくれないということが多い。詐欺罪は立証が面倒くさいからであろう。

「こんなつまらんことで逮捕するのかよ」という案件と、「こんなにひどい犯罪を野放しにするのかよ」という案件をかわるがわる目の当たりにして、警察の恣意性を思い知らされるのが弁護士という稼業だ。なかなか楽しい仕事である。

2. 警察を動かしたいときどうするか

2-1.告訴と被害届

しかし、働きかけかたによっては警察を動かせる場合もある。

警察に働きかけて捜査をしてもらう業務というのは割とよくある仕事だし、経験上、そこそこの確率で捜査をしてもらえている。

被害者が捜査機関に捜査を求める方法の代表的なものは告訴だ。一見似たようなものとして被害届というのもある。

ここで告訴と被害届の定義を確認してみよう。 

  • 告訴とは、犯罪の被害者等が捜査機関に犯罪事実を申告して訴追を求める意思表示である。*2
  • 被害届とは、犯罪の被害者等が被害にあった事実を捜査機関に申告する届出である。

刑事訴訟法

第230条 犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。

第231条 被害者の法定代理人は、独立して告訴をすることができる。

○2 被害者が死亡したときは、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹は、告訴をすることができる。但し、被害者の明示した意思に反することはできない。

第232条 被害者の法定代理人が被疑者であるとき、被疑者の配偶者であるとき、又は被疑者の四親等内の血族若しくは三親等内の姻族であるときは、被害者の親族は、独立して告訴をすることができる。

両者の重要な違いは、被害届は単なる事実の報告であるのに対して、告訴は訴追を求める意思表示であるということだ。告訴をよりわかりやすく言い換えるなら、「訴追請求」と呼ぶことができるだろう。

2-2. 告訴を受理すると捜査をする義務が生じる

告訴が訴追を求める意思表示であることから、刑事訴訟法上、告訴によっていろいろな法的効果が発生することになっている。

  • 警察は、告訴を受理したら速やかにこれに関する書類・証拠物を検察官に送付しなければならない。(刑事訴訟法242条)
  • 検察官は、告訴を受けた事件について起訴・不起訴の処分をしたときは、速やかに処分結果を告訴人に通知しなければならない。(同法260条)
  • 検察官は、告訴を受けた事件について不起訴処分をした場合において、告訴人から請求を受けたときは、速やかに不起訴の理由を通知しなければならない。(同法261条)

要するに、捜査機関は、告訴を受けたら捜査をして処分を決定し、告訴人に通知する義務を負う。「告訴は受けたけど何もしません」というのは、法律上できないことになっている。

2-3. 警察は告訴状の受理を嫌う

告訴を受けると捜査する義務が生じる。では警察は、やりたくないのに告訴人が来たらどうするか。

告訴を受理しないのである。

しかしそんなことが許されるのだろうか。

捜査機関が告訴受理を拒絶できる法律上の根拠は何もないから、適法な告訴である限り拒絶はできないと一般に解されている。

この点につき東京高判昭和56・5・20判タ464号103頁は、

告訴は、犯罪の被害者が検察官または司法警察員に対し犯罪事実を申告して犯人の処罰を求める意思表示であるから、いまだ犯罪事実とはいいがたいような事実の申告があつた場合には、これを告訴として取り扱わなければならないものではない。

と判示した上で、原告の「告訴」は犯罪事実の申告ではなかったから告訴として取り扱わなくても違法ではないとして国家賠償請求を棄却した。結論こそ棄却だったが、この判決も、適法な告訴であれば受理しなければならないことを論理的前提としていると考えられる。

また、犯罪捜査規範にもちゃんと規定があって、告訴は受理しなければならないと明記されている。 

犯罪捜査規範

第63条 (告訴、告発および自首の受理)

司法警察員たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節に定めるところにより、これを受理しなければならない。

2 司法巡査たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、直ちに、これを司法警察員たる警察官に移さなければならない。

なのに警察は告訴を受理したがらない。受理すると上述の義務が生じるので、面倒くさいからである。*3

「警察が被害届を受理してくれない」という話も聞いたことがある人が多いと思う。

犯罪捜査規範上、受理しなければならないことになっているのは被害届も同様だ。*4しかも被害届は、告訴のように捜査機関に義務を追わせる法的効果があるわけではないから、気軽に受理しても差し支えなさそうにも思える。

しかし被害届の受理ですらしばしば渋るのが警察だ。より強い効果を持つ告訴の受理は、より強く嫌うわけである。

犯罪と告訴とどっちが嫌いかといったら、警察官はおそらく告訴の方が嫌いなのではないかと思う。

2-4. 弁護士が警察に捜査を求める場合どうするか

では、弁護士が犯罪被害者からの相談を受け、警察に捜査をしてもらいたい場合どうするか。

告訴状を出すのである。

警察は告訴状の受理を非常に嫌うが、究極的には(法的には)拒めないことはさすがにわかっている。

だから、法律家としては、被疑者の行為が犯罪構成要件を満たすことを説得的に記述した、ビシっとした告訴状を書いて、「これは犯罪事実の申告にはあたらないから告訴として取り扱いません」という逃げ道を塞いでやればよい。

そういった告訴状を持って、告訴人を同行して警察署に行くと、さすがに警察官も素直に受け取る。

と常識人なら思うだろうが、なんとそれでも受け取らないのである。警察は常識の通用する機関ではない。

「この、告訴状と書いてありますけど、これはひとまず、事実上、コピーだけ頂いて参考にさせていただきますので」

とか言って抵抗することが多い。

「告訴状の受理を拒絶されるということでよろしいですか。では警察署長宛に内容証明でお送りするしかないですね」

と言うと警察官は慌てる。しかし、私の場合は、その場で警察官と交渉した結果、きちんと捜査をしてくれる、進捗報告もしてくれるという内々の約束を得て、告訴状提出の強行はいったん引っ込め、コピーだけ取ってもらって帰ることが多い。

別にこちらの目的は、告訴状を受理してもらうことではない。捜査をしてもらうことが目的だから、捜査をしてくれる目処さえ立てば告訴状はどうでもよいわけである。きちんとやってくれなかったら、そのとき初めて内容証明で告訴状を出してもよい。

このように、告訴は法と実際上の運用の乖離が著しい分野で、一筋縄ではいかない。

素人だと舐められるので、告訴をしたいときは弁護士に頼んだ方がいいと思う。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

 

*1:いわゆる俺々詐欺は別。警察は俺々詐欺対策には力を入れているから、概ねちゃんとやってくれると思う。

*2:被害者以外の第三者がする同様の意思表示として「告発」という制度があるが、本稿では告発の説明は割愛する。

*3:もっとも親告罪は別。親告罪の場合は告訴がなければ起訴できないので。

*4:犯罪捜査規範61条。

表現の自由の主戦場は昔も今もエロだ

 1. クジラックス氏が警察から自宅訪問を受けた件

漫画作品に描かれた強姦の手口を模倣した強制わいせつ犯が発生したとのことで、埼玉県警が、作者のクジラックス氏の自宅を訪問して「配慮」を「要請」したそうだ。

mainichi.jp

ネット上では大きな話題となっており、「表現の自由の侵害だ」など、埼玉県警を批判する声が強い。

しかし、法律論(憲法論)としては、この件を「表現の自由の侵害」というのは困難だろう。

報道やクジラックス氏自身のツイート等から判断すると、警察は、何ら強制的なことはしていないと思われるからだ。単なる「お願い」にとどまるかぎり、人権侵害の問題は生じない。*1

しかし、警察といえば権力機構の最たるものだ。

形式的には強制を伴わない「お願い」にとどまるとしても、警察官がいきなり自宅に訪問してきて「お願い」されて平気な人は、我々法律屋くらいのものだろう。実質的にはかなり強い圧力となりうる。

したがって、このような「お願い」にも表現行為に対する萎縮効果はあるといわざるを得ない。そもそも、警察がまさにその萎縮効果を狙ってこういう行為をしていることも明らかだろう。

憲法上の人権である表現の自由の侵害とまではいえないとしても、我々市民はこのような警察権力の「おせっかい」を、大いに批判してよいし、すべきだと思う。それが歯止めになるかもしれない。

2. 表現の自由の主戦場は昔も今もエロ

表現の自由」というと崇高で大事なものという感じがするが、エロ表現というと低俗で下等な感じがするせいか、あまり積極的に擁護する気になれない人が多いようだ。

しかし、表現の自由の主戦場は、今も昔もエロ表現である。

チャタレー事件悪徳の栄え事件四畳半襖の下張事件メイプルソープ事件

司法試験受験生が勉強するような、表現の自由関連の重要最高裁判例の多くが性的表現に関するものだ。

漫画作品のわいせつ性が問題になった松文館事件というのもあった。

最近では、アーティストのろくでなし子氏の作品がわいせつ性を問われたが一部無罪を獲得した裁判も話題を呼んだ。

なぜこのようにエロ表現が表現の自由の主戦場になってきたのか。

これは簡単な話で、敵(国家権力)がよくそこを攻撃してくるからだ。

戦後の日本においては、政治的言論などがその表現内容を理由に禁圧されるということは、そう多くはなくなった。特に刑罰をもって禁圧されることは少なくなった。

例外として名誉毀損罪があるが、名誉毀損行為は個人の利益を侵害することがはっきりしているから、他者の人権との調整という観点から一定の規制を受けるのはやむを得ないということに、あまり異論は出ないだろう。

他には破防法なんていうのもあるが、ここ何十年も適用されていない。

一方、エロ表現は、戦後もずっと刑罰を伴う規制をされ続けてきたし、実際に取り締まられてきたし、今も取り締まられている。

エロ表現規制の代表は、刑法175条、わいせつ物頒布等の罪だ。

実はこの罪は、何を守ろうとしているのかよくわからない罪だ。

国家が、刑罰という強い制裁まで使って特定の行為を禁圧しようとするなら、禁圧される行為を上回る何らかの利益を守ることを必ず目的としているはずだ。そうでないなら刑罰は正当化されない。この守られるべき利益を保護法益という。

刑法175条の保護法益について、最高裁は「性道徳、性秩序」と解しているようだ(チャタレー事件判決参照)。

そもそも、性道徳、性秩序などというものを、国家が刑罰をもって強制することが許されるのか疑問が残る。だからこの規定には、根強く違憲説がある。

しかし最高裁判例は合憲説で確定してしまっている。今さら違憲説を唱えても最高裁が相手にしてくれる見込みはほぼない。

そこで、刑法の解釈問題として「わいせつ」にあたるか否かの線引きを争ってきたのが、上に挙げたような数多のわいせつ裁判だ。*2

昭和の有名わいせつ裁判であるチャタレー事件、悪徳の栄え事件、四畳半襖の下張事件は、いずれも文字による文学作品のわいせつ性が問題になったものだ。結論的には3件とも有罪になっている。 

しかし今では、文学作品の作者や販売者が刑法175条で検挙・起訴されることなど考えられないだろう。「チャタレイ夫人の恋人」も「悪徳の栄え」も「四畳半襖の下張」も、今では普通に売っている。

写真や映像表現についての取締の基準も変化してきた。

1981年生まれの私は、「ヘアヌード解禁」という言葉をギリギリ記憶している。昔は、陰毛が写っていればわいせつ物にあたるという基準で取締が行われていた。しかし表現者側が声を上げたり、立件覚悟で陰毛の写った作品の発表を強行したりということが続くうち、なし崩し的に取り締まられなくなり、90年代頃からは完全に「解禁」状態となって現在に至るようだ。

このように、捕まって起訴されて前科がついても闘ってきた先人たちが、わいせつのラインを自由寄りに押し込んでくれたおかげで、比較的自由な今の状況があるわけである。

「チャタレイ夫人」や「悪徳の栄え」の発行が禁じられるような日本国というのは、空想上のディストピアにしか思えないかもしれないが、一歩間違えば本当にそうなっていた。

2017年を生きる我々も、エロ表現を軽んずるあまりディストピアを呼び寄せる愚を犯さないよう心がけたいものだ。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

*1:この点、慶應義塾大学教授(法哲学)の大屋雄裕氏が、このツイートから始まる連続ツイートで詳しく書いているので一読をお勧めする。

*2:判例におけるわいせつ概念を概観したわかりやすい論稿として、甲南大学教授(刑法学)園田寿氏のブログを挙げておく。

スマホを「注視」しなくても切符を切ろうとする警察官に注意

目次

 

1. 違反をしていないのに切符を切られそうになった件

2週間ほど前のこと。私は仕事の移動のため、地元の走り慣れた道を車で走っていた。

見通しのよい広い道の少し先で、対面の信号が黄色に変わるのが見えた。この信号の変わりばなに引っかかると、1分以上は停止することになる。

私は信号に向けて減速しながら、目の前のホルダーに左手を伸ばしてスマホを取った。

そしてスマホを左手に持ったまま減速しつつ進行し、信号待ちの数台の車列の最後尾に停車した。停車後にスマホを見て、LINEのメッセージが来ているのを確認した。

すると、後方からパトカーがやってきて、私の車の右に停まった。パトカーの窓が開いて、警官は「この信号を過ぎたところで左に寄せて停まってください」という。

 

スマホの件で難癖をつけようとしていることは察しがついた。ひとまず言われたとおりに左に寄せて停まった。

「今スマホ使ってたでしょ」と、パトカーから降りてきた警察官。案の定だ。

「いや、赤信号で停止中に使ってただけですよ」

「走行中から手に持ってたでしょ。信号の手前のパチンコ屋の駐車場からずっと見てたんですよ」

「ええ、たしかに手に持ってましたね」

「そうでしょ。それではこの切符に」

「切符ならサインしませんよ」

「えっ?」

「注視してないから」

「でも手に持ってたって認めたじゃないですか」

「手に持つのが違反じゃないでしょ。注視するのが違反でしょ」

「でも注視してたんじゃないんですか。見ないのに何で手に持つの?」

「私はきちんと前を見て運転していて、前方の信号が赤になりそうなのが見えた。だから停止したときにスマホを見ようと思って、左手を伸ばしてホルダーから外した。左手に持ったまま前を見て走行し、赤信号で停止してから見た。前を見ていたからこそ、信号待ちの列の後ろに適切な車間距離を保って停止できた。私が適切に減速して適切な車間距離で停止したのは、あなた方も確認したでしょう」

「…本当に注視してないんですか」

「本当です」

「わかりました。では今回は注意のみで済ませます」

「いや、何も違反行為はしてないし、違反かどうかは置いといて危険な行為もしてないから、注意される理由もないと思いますけど。ところで今日はたまたま私が法律知ってたからよかったけど、普段はスマホを手に持ってることだけ目視で確認したらこうやって切符にサインさせてるんですか。それ、実際は違反してない人にも沢山サインさせちゃってるということでは」

「いや、そんなことは…」

「まあいいです。もう行っていいですか。仕事中なので」

「念のため免許証だけ確認させてください」

「いいですよ。どうぞ」

2名中1名の警察官が私の免許証を持っていったんパトカーに戻り、免許証をデータベースと照合したらしい。また戻ってきて、相方に「何もなし」というようなことを小声で言った。

「それでは結構です。お時間取らせて申し訳ありませんでした」

「いえいえ。お仕事頑張ってください」

多少時間は取られたが、これにて一件落着。

 

2. 道交法の携帯電話などの規制の解説

2-1. 道交法71条5号の5

上で問題になっていたのは、道路交通法71条5号の5の規制だ。

道路交通法

第71条(運転者の遵守事項)

車両等の運転者は、次に掲げる事項を守らなければならない。

(中略)

5の5  自動車又は原動機付自転車(以下この号において「自動車等」という。)を運転する場合においては、当該自動車等が停止しているときを除き、携帯電話用装置、自動車電話用装置その他の無線通話装置(その全部又は一部を手で保持しなければ送信及び受信のいずれをも行うことができないものに限る。第百二十条第一項第十一号において「無線通話装置」という。)を通話(傷病者の救護又は公共の安全の維持のため当該自動車等の走行中に緊急やむを得ずに行うものを除く。第百二十条第一項第十一号において同じ。)のために使用し、又は当該自動車等に取り付けられ若しくは持ち込まれた画像表示用装置(道路運送車両法第四十一条第十六号 若しくは第十七号 又は第四十四条第十一号 に規定する装置であるものを除く。第百二十条第一項第十一号において同じ。)に表示された画像を注視しないこと。

 

 長ったらしい条文だが、要するにこの規定は、次の2つの行為を禁止している。

  1. 自動車等を運転中(停止中は除く)に、手で保持しなければ送信・受信ともにできない携帯電話などの無線通話装置を通話のために使用すること。*1
  2. 自動車等を運転中(停止中は除く)に、自動車等に取り付けられ、もしくは持ち込まれた画像表示用装置に表示された画像を注視すること。*2

2-2. 「注視」とはどのような行為か

上記の禁止行為のうち私が疑われたのは、「自動車等に」「持ち込まれた」「画像表示装置」であるスマートフォンに「表示された画像」を「注視」したという行為だ。

「注視」とはどのような行為を指すか。日常語としては、「じっと見つめること」といったところだろう。

この規定が新設されるに際して警察庁が発した通達においても、「注視」とは「見続けること」とされている。「注視」にあたるか否かが争いになった裁判例は見当たらなかったが、チラッと一瞥する程度なら「注視」にあたらないことは間違いないだろう。*3

私は、どう考えても「注視」していなかったのに反則切符を切られそうになったから、上記のように「注視」していない旨を説明し、理解を得たわけである。*4

警察官としても、遠目に目視するだけではドライバーの顔や目の動きまでは追いきれないだろう。だから、スマホなどを手に持っている人をとりあえず停めて質問すること自体はやむを得ない面があると思う。

しかし、手に持っているだけで違反になるかのような言辞を弄して反則切符にサインさせようとするのは感心しない。法律を知らない一般のドライバーの大半は、そういうものかと思ってサインしてしまうだろうから、いわば「反則冤罪」を大量に発生させかねない。

警察の運用も改善してほしいものだが、ひとまず本ブログの読者は、「注視」が反則の要件になっていることを頭に入れて、自衛するようにしてほしい。

3.追記

「手に持っているだけだったのに切符を切られた」「停止中だったのに切符を切られた」といったツイートが複数寄せられたので紹介しておく。

 

 

 

警察官が見間違えて、ドライバーが走行中に注視したと思い込んで停止させたなら致し方ない面もあろう。

しかし、紹介したツイートのように、警察が「手に持ってるだけでアウト」とか「(停止中でも)携帯持ってるだけで違反」とか、明らかに法律の規定に反する内容の嘘までついて切符を切っているなら、これは単なる勘違いよりもよほど由々しき問題だ。

こういう目に遭いそうになったら、警察官の言い分が法の規定に反することを指摘して、サインは拒むべきであろう。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

*1:「通話すること」ではなく「通話のために使用すること」が禁じられているので注意。この規定の仕方だと、通話をするため相手を呼び出し、耳に当てて応答を待っている最中に検挙されても「通話のために使用」にあたることになるだろう。この条文に限らず、立法者はこのように細かい表現の違いで適用範囲が変わってくることを意識して立案している。

*2:「取り付けられ」たものも含むと規定されているからカーナビや車載テレビも含む。

*3:この点について、ネット上には「注視」とは「おおむね2秒を超えて見続けること」であるとする情報が散見される。おそらく、この国家公安委員会告示がソースと思われる。この告示は、カーナビ業者などの交通情報提供事業者向けに指針を定めるものだ。事業者に対して、「ドライバーが注視しなくても済むような、視認性の高い方法で交通情報を提供しなさいよ」という文脈で「注視とはおおむね2秒を超えて見続けること」という基準が用いられている。だから直接的には道交法71条5号の5の「注視」の解釈を述べたものではないが、参考にはなるだろう。

*4:なお、赤信号で停止後に「注視」したことは私も認めているが、前記のとおり道交法71条5号の5には「停止中は除く」と明記されているから、この点は問題とならない。