「情況証拠は弱い証拠」という誤解について
きわどい否認事件で有罪判決が出たり、その有罪判決が上級審や再審で覆されたりするたび、「そもそも情況証拠だけで有罪判決を出すのがおかしい」というネット民の意見が多数観察される。*1
今回は、このような意見が誤りであることについて書く。
上記のTogetterは、2012年に私がした連ツイなどがまとめられたもの。ここに出てくるやぎ氏は匿名だが刑事弁護に強い弁護士。高島章氏も百戦錬磨の刑事弁護人だ。
このTogetterは当時多数のPVを稼ぎ、今も「情況証拠」でググると1ページ目に出てくる。
だが、「情況証拠だけで有罪判決を出すのはおかしい」という誤った主張はいっこうになくなる気配がない。そこで本ブログでも解説しておくことにした。
情況証拠とは、直接証拠に対立する概念だ。
直接証拠と情況証拠は、
立証の対象である事実を認定するために、推認の過程を経る必要があるか否か
で区別される。
すなわち、
直接証拠とは、立証の対象である事実を認定するために、推認の過程を経ない証拠
一方、
情況証拠とは、立証の対象である事実を認定するために、推認の過程を経る証拠*2
という区別になる。
これだけだとわかりにくいかもしれない。
直接証拠において、事実認定のために推認の過程を経る必要がないのは、「その証拠が真実である」ということと「犯罪事実があった」ということが論理的にイコールの関係にあるからだ。
直接証拠の代表は自白。「私が甲氏を包丁で刺し殺しました。」との被告人の自白は、その自白が真実である限り、被告人が犯人であるということを直接示す。
だから裁判においては、その自白の任意性や信用性が争点になる。自白に任意性も信用性もあるなら有罪判決を出すことができる。*3
自白のほかには、犯行を直接目撃したという内容の目撃者証言や、被告人と一緒に犯行をしたという内容の共犯者供述も、その供述が正しいなら直ちに被告人が犯人だといえるから、直接証拠だ。
このように、直接証拠というのは基本的に全て供述証拠だ。*4
反対に、物証は基本的に全て情況証拠だ。*5
ここまで読んだ時点で、「情況証拠だけで有罪にするのはおかしい」という主張が誤っていることは理解してもらえたと思う。
しかし念のため具体例も挙げてみよう。
被告人が被害者宅に押し入って被害者を強姦した上、刺殺して金品を強奪した強姦・強盗殺人事件で、被告人が否認しているという事案を想定しよう。目撃者も共犯者もいない。つまり直接証拠は何もないとしよう。
- 死亡推定時刻の30分前に、帰宅した被害者の直後についてきた被告人が、被害者を玄関内に押し込む形で被害者宅に押し入った。(防犯カメラ映像により認定)
- 死亡推定時刻の20分後に、被告人が被害者宅玄関から出てきて走り去った。(同上)
- 死亡推定時刻の前後、被害者宅玄関から被害者宅に入った人物は被害者と被告人以外にいなかった。(同上)
- 被害者の膣内から採取された精液のDNA型が、被告人と一致した。(精液、鑑定報告書等により認定)
- 被害者が死亡した日の翌日、被告人の自宅から押収された出刃包丁に、被害者の血液が付着していた。(出刃包丁、鑑定報告書等により認定)
- 前記の出刃包丁の形状は、致命傷となった被害者の腹部の創傷と一致した。(同上)
- 被害者が死亡した日の翌日、被告人の自宅から、被害者名義のクレジットカードと、被害者の血痕が付着した紙幣数枚が押収された。(クレジットカード、紙幣、鑑定報告書等により認定)
この設例では情況証拠しかないが、被告人を有罪にするのは許されないことだろうか。むしろ真っ黒ではないだろうか。
このように、事実認定が直接証拠によるか情況証拠によるかという区別は、結論に至るロジックの立て方が異なるという区別に過ぎない。
直接証拠、例えば自白がある場合でも、その自白を安易に信用すれば冤罪が生じる。現に歴史上重大な冤罪事件は、厳しい取調べに耐えかねてした被告人の虚偽自白を安易に信用したことによるものが多い。最近話題の痴漢冤罪も、たいてい被害者供述を安易に信用したことで生じているから直接証拠型だ。
反対に、自白などがあっても、その信用性判断にあたり客観的証拠の裏付けを厳格に求める場合には、冤罪は生じにくくなる。
一方、情況証拠による事実認定でも、上の設例のように、犯行を推認させる力の強い情況証拠が集まっている場合には冤罪のおそれは低い。
反対に、一つ一つの情況証拠それ自体には「被告人が犯人であることと矛盾しない」という程度の意味しかなく、推認力の弱いものしか集まっていないのに、「合わせて一本」的に有罪としてしまうような場合は冤罪が生じやすい。*6
このように、事実認定が直接証拠によるか、それとも情況証拠によるかという区別には、どちらがより冤罪が生じやすいという法則はない。
新聞等の報道でも「直接証拠がなく、情況証拠による判断となった」などと述べる場合がよくあるが、上記の点に留意しつつ報道に接するとよいだろう。
京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表
弁護士 三浦 義隆
*1:「状況証拠」という表記がされることもあるが、本稿では「情況証拠」で統一する。「情況証拠」でなく「間接証拠」という場合もある。全て意味は同じ。
*2:具体的には、情況証拠によってまず間接事実(例:「被告人は犯行推定時刻頃現場近くにいた」「被告人は金に困っていた」等)を認定し、次に、認定された間接事実を総合して立証対象事実の有無を判断することになる。
*3:ただし自白が唯一の証拠である場合には、補強法則により有罪判決は出せない(憲法38条3項、刑訴法319条2項)。もっとも、客観的証拠と整合しない自白はそもそも信用性がないから、自白を信用できるのに自白以外の証拠が一切ないという事態は、実際には想定しにくいだろう。
*4:供述証拠以外では、犯行の一部始終を録画した映像を直接証拠と見る見解もあるが、私はこれは疑問だ。ビデオ映像は「この人が犯人です」と断定してくれるわけではない。単に、「犯行推定時刻に犯行現場で、被告人と酷似した人が△△の犯行をしている様子が防犯カメラに映っている」という間接事実を認定させるに過ぎず、やはり情況証拠と考えるのが理論的にはすっきりするように思う。
*5:前脚注のとおり、犯行撮影映像を直接証拠と見る場合には、犯行撮影映像は「物証だが直接証拠」という例外的な存在ということになる。
*6:この点、大阪母子殺人事件最高裁判決(最高裁平成22年4月27日判決・刑集64巻3号233頁)は、情況証拠によって有罪を認定するためには、「情況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。」と判示し、「弱い証拠をたくさん集めて合わせて一本」的な有罪認定は許されないことを示した。正当な判示である。(ただし現実に全ての裁判官がこのルールに沿った厳格な事実認定をしているかは別問題だが)
正しい知識で誤りを上書きすることの必要性と困難(痴漢シリーズ最終編)
痴漢を疑われても逃げるべきではない理由 - 弁護士三浦義隆のブログ
痴漢を疑われた場合の弁護士アクセス手段をいくつか挙げておこう - 弁護士三浦義隆のブログ
痴漢冤罪問題は刑事司法問題の縮図だ - 弁護士三浦義隆のブログ
痴漢関連の3つのエントリはいずれも反響が非常に大きく、マスメディアからもいくつかの取材や出演依頼があった。
私が一連のエントリを書こうと思ったのは、否認すると安易に勾留されていた昔の実務を前提に「逃げるしかない」という不合理な選択を煽る言説が、ネット上では主流になってしまっていたからだ。
そのために死亡者まで出た。
死なないまでも、逃げなければ勾留されずに済んだのに、逃げたがために勾留されてしまって人生を狂わされるケースは沢山あるに違いない。
別に私は痴漢「冤罪」の場合に限って記事を書いたつもりはない。痴漢の真犯人であれば適正な手続によって刑罰を受けるのは仕方ないが、刑罰以外の余分な身柄拘束とか社会的制裁とかは、避けられるなら避けてほしい。
有罪判決前の身柄拘束(逮捕・勾留)は、犯した罪に対する制裁ではない。
この点は基本中の基本だが、一般の方は案外混同しがちなようだ。
罪を犯したかどうか、罰を与えるかどうか決めるのは裁判だ。
被疑者・被告人が裁判をきちんと受けてくれないと困るから、逃亡や罪証隠滅のおそれがある場合に、そうしたおそれを除去するために必要な限度で身柄拘束が認められているだけ。
だから、真犯人であっても、逃亡や罪証隠滅をすると疑うに足りる相当な理由がない状況なら勾留されるべきでないし、本人も無用の勾留を避けるように賢く立ち回ってほしい。そう考えるのは弁護士として当然のことだ。
逆に言うと、痴漢被害者がどんなに苦痛を感じ、怒っているとしても、逃亡や罪証隠滅の蓋然性が低いのに「勾留されて人生台無しになってほしい」と要求するのは、はっきり言って不当だ。裁判を受けて処罰されてほしいと要求するのはもちろん正当だが、被疑者が勾留を免れることに文句を言うのは筋違いである。
私はこのような考えに基づき、痴漢の真犯人であってもなくても、疑いをかけられた人が余分な不利益まで受けることのないよう、リスクが高い「逃げろ」というネット通説を正しい知識で上書きする必要があると思った。
それで書いたのが一連のエントリだが、何しろ大きなメディアでも取り上げてくれたので、それなりに目的は達成できたと思う。
ただし、参考にしてくれた方が大勢いた一方で、根拠も示せないのに「逃げるしかない」と言い張る人もそれなりにいた。聞く耳持たない人を説得することはできない。その点で限界も感じたのはたしかだ。
今回の件で、代替医療や疑似科学と闘っている医療者や科学者の気持ちが少しわかったように思う。
京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表
弁護士 三浦 義隆
痴漢冤罪問題は刑事司法問題の縮図だ
痴漢冤罪の件、「冤罪被害者の人権を守れ」とか恣意的なこと言ってるうちはダメだよ。本当はやってなくても真実を知ってるのは本人と真犯人だけ。痴漢被害者や捜査機関にとっては「やったくせに言い訳してる奴」なんだから。真犯人含め、しかも痴漢に限らず被疑者の権利を擁護しろと言わねばならない。
— ystk (@lawkus) 2017年5月15日
前々回エントリ、前回エントリともにきわめて反響が大きく、痴漢冤罪問題への社会的関心の高さを痛感した。*1
いつも満員電車に乗っている人は、否応なく他人と身体が密着する状況に、誤解を受けたらどうしよう、痴漢犯人と取り違えられたらどうしようと不安に思うのはよくわかる。
不安なのはわかるが、痴漢冤罪を痴漢特有の問題だと信じている人が少なからずいるらしいことが今回の色々な反応を受けてわかり、これはちょっと不思議だった。
どうも、「日本は女に有利な世の中で、捜査機関も裁判所も女の言うことは鵜呑みにする。他の犯罪なら決定的な物証もないのに有罪になることはないが、痴漢の場合は有罪になる」というような、陰謀論的な世界観を持っている人が少なくないらしい。
痴漢冤罪は痴漢特有の問題などでは全くない。日本の刑事司法全体の問題が痴漢事件にもそのまま反映されているだけ。
被害者供述や捜査段階の自白などの供述証拠を安易に信用し、強引な事実認定で有罪判決を書く裁判所。
あの手この手で自白を迫ったり、被疑者の供述を都合のいいように解釈して供述調書を「作文」したりする捜査機関。
否認すると逃亡や罪証隠滅の疑いありとされ、長期勾留されやすくなるいわゆる人質司法の問題。*2
捜査機関が被疑者の氏名等をマスコミにリークするため、罪を犯したか否かはっきりしない段階で実名報道がなされてしまい社会的制裁を受けるという問題。*3
こうして私が問題点を指摘すると、多くの方は「けしからん」「改善すべきだ」と思うのではないか。
しかし、多くの日本国民が、普段からこうした刑事司法のあり方に批判的な視点を持っているかというと、決してそんなことはないと思う。というか、むしろこうした刑事司法を積極的に支持している人が大半だと思う。
例えば最近大きな話題となった松戸市の女児殺害事件では、被疑者は黙秘しているとされるが当然のように実名報道がなされ、被疑者が犯人という前提で皆がこの事件を語っている。
「黙秘するとはけしからん」「反省していない証拠だ」といった言説も、ネット上にはあふれかえっている。
光市母子殺害事件で弁護団がバッシングを浴び、大量の懲戒請求までなされたことも記憶に新しい。光市の件に限らず、死刑相当の重大事件の弁護人が「人権屋」などと言われてバッシングを受けることは多い。
はっきり言って私には、「被疑者・被告人の権利など守られるべきではない」というのが日本国民の多数意見であるとしか思えない。
憲法上、司法府は政治部門から独立していることになっているが、最高裁人事等で一定の民主的コントロールは及ぶ。捜査機関は行政機関だからそもそも政治部門だ。司法関係者が従うべきルールを定める刑事訴訟法等の法律は国会が制定する。今は裁判員裁判もある。
このように刑事司法に民主的コントロールが及ぶ以上、国民の多くが常日頃から被疑者・被告人の権利擁護に冷淡であることは、痴漢冤罪を助長する効果が大いにあるといえる。
他の犯罪は身近でないから自分が被疑者になることなど想像もできないが、痴漢については明日にも無実の罪を着せられそうで怖い。実感としてそういうことなのはわかる。
しかし、あなたが痴漢冤罪にしか関心がないからといって、痴漢についてだけ、それも冤罪の場合についてだけ刑事司法のあり方が被疑者・被告人寄りに変化してくれるなどという都合のいい話はあるわけがない。
痴漢以外の罪も含め、また冤罪だけでなく真犯人も含め、被疑者・被告人一般の権利を守ることでしか、痴漢冤罪被害者の権利が守られることもない。
前編:痴漢を疑われた場合の弁護士アクセス手段をいくつか挙げておこう
京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表
弁護士 三浦 義隆
痴漢を疑われた場合の弁護士アクセス手段をいくつか挙げておこう
前回エントリにはきわめて大きな反響があった。
専門家の見解を全く信用せず「逃げるべし」という結論にこだわる人が多いのは少し意外だったが、説得しようとも思わない。
俺のブログに「俺は信じないぞ!逃げるしかない!」とか反応してる人は放射脳とかネトウヨとかと同じだと思う。日本は男に一方的に厳しい絶望的な社会だという世界観で固定されていて、その世界観に沿わない話は拒む。だからむしろ不利な話の方を好み、何とかできるよという助言は受け入れ難いのよ。
— ystk (@lawkus) 2017年5月13日
だいたい痴漢疑われたから全力で走ったら逃げ切れましたってないからな。仮に駅郊外に出られたとしても防犯カメラ映像やIC履歴ですぐ犯人特定できるしさ
— ぱねーさん (@Mstferries) 2017年5月13日
そんで捕まってみ。その後の勾留延長請求で
「実際逮捕時に逃走を試みており逃亡のおそれ顕著」
などと書かれんぞ。
逃げれば逃げ切れずに勾留までされる可能性が大だから、むしろそっちの方が弁護士費用は嵩むんだけどね(資力がなくて国選使える場合は別だが)。まあ何でもポジショントーク、何でもステマとか言うお馬鹿さんは勝手に不利益を被ればいいよ。これ昨日から何度も言ってるけど。 https://t.co/9TkEmcgBP3
— ystk (@lawkus) 2017年5月14日
お、Twitter名物、プロ捕まえて間違ったことをドヤる素人さんだ。絶対とはいえないが、今は逃げなきゃ勾留されない可能性の方が高いよ。弁護士つけてればなおさら。俺がここ2、3年で担当した条例違反の痴漢や盗撮で、勾留されたこと一度もない。 https://t.co/6dHuZPmbGK
— ystk (@lawkus) 2017年5月14日
まあこんな感じ。
この種の自己の思い込みにこだわりたい人は、勝手に逃走してひどい目に遭ってもらえばいいとして。*1
その他の指摘としては、「弁護士に連絡するといっても現実的に難しい」というのが多数あった。この指摘は正当だと思う。
だから、私には弁護士への連絡を勧めた責任もあるので、メールくれれば私の携帯教えるよということも追記した。実際多数のメールをいただいた。*2
昨日私が示した弁護士へのアクセス手段は、「元々知ってる弁護士に連絡」または「弁護士会に連絡」というものだった。
加えて、昨日今日、他の手段も色々あることがわかったので、以下にいくつか示しておく。*3
痴漢事件はやっているにせよそうでないにせよ勾留請求を却下させて身柄拘束を防ぐのが重要ですので早めに弁護士を呼ぶのが重要です。当事務所でも過去に痴漢事件は多く扱ってますし夜間土日でも電話受付してますのでいざという時は是非(ダイレクトマーケティング)。
— 大窪和久 (@okuboka) 2017年5月13日
上記の弁護士大窪氏*4とは面識はないが、所属の桜丘法律事務所は、刑事弁護やってる弁護士なら誰でも知っているくらい刑事弁護に定評のある事務所。
しかも所在地は痴漢・痴漢冤罪が多発しがちな渋谷だ。
桜丘が夜間土日も電話受付しているというのは正直知らなかった。これは覚えておかない手はないと思う。
次はこれ。
ローカス先生の記事には基本的に賛同します。
— 中村剛(take-five) (@take___five) 2017年5月13日
ただ、「連絡できる弁護士なんかいないよ」と仰る方もおられるでしょう。
そこで、当方ですよ。リンク先の弁護士ドットコムの電話は携帯電話直通になっているので、登録いただければ可能な限り駆けつけますよ(PR)。
このように、携帯電話直通の番号をオープンにしている弁護士もいる。迅速な初動が期待できると思う。
上記はあくまで昨日今日で私の目に止まった例を挙げたにすぎない。他にも同様のサービスをしている弁護士はいるはずなので、興味のある方は各自ググるなどして調べてほしい。
さらに、こんな保険もあるようだ。
見る限り悪くなさそうだ。月額590円。平日7~10時と17~24時が利用可能時間。ちゃんと出勤時間帯をカバーしている。
補償内容は、事件発生後48時間以内に発生した弁護士の相談料、接見費用が保険から出るらしい。
それより重要なのは、弁護士に即時ヘルプコールできる体制が整っているようだ。自動車保険でいえばロードサービスを保険屋が手配してくれるようなものか。
前回エントリでも書いたが、痴漢は裁判の結果なんかより身柄拘束阻止がよほど重要だ。逮捕させない・最悪逮捕されても勾留させないための弁護活動は事件発生後48時間以内に行われるものが大半だから、補償範囲も合理的といえそうだ。*5
以上、お役に立てば何より。
京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表
弁護士 三浦 義隆
痴漢を疑われても逃げるべきではない理由
痴漢を疑われた人が逃走し、ビルから転落して死亡したという事故が起きてしまった。
痴漢を疑われた場合にどのような対応をすればよいかについては、弁護士の間でも意見が分かれていた。この機会に私の意見を述べておこう。
まず、駅事務室などに同行を求められても絶対に行ってはいけない。
あなたが痴漢の疑いをかけられた。駅事務室に同行を求められそれに応じた。任意で同行しただけであり身柄拘束などされていなかった。としよう。
でも後に警察に引き渡されたら、「まず私人*1が現行犯逮捕し、被疑者を警察に引き渡した」ことにされ、適法な逮捕の体裁を整えられてしまう。*2
だから行ってはいけない。
ではどうすべきか。
自らの身分を告げる等して平穏に立ち去ることができればベスト。
この点は弁護士間にもおそらく異論がないだろう。*3
しかし、実際には、被害申告者や駅員の側も平穏に立ち去らせてくれない場合が多いだろう。その場合どうすべきかが問題だ。
従来、弁護士の中には「走って逃げろ」との見解を述べる人もいたが、私はこれには反対だ。
走って逃げ切れればいいが、今はあちこちにビデオカメラもある。現に逃走している以上、逃亡や罪証隠滅のおそれは高いとみられるから、尻尾をつかまれた場合には、むしろ逮捕・勾留のリスクが高まる行為だ。
偶然逃げ切れればラッキーだが、そういう都合のいい展開を前提としたアドバイスは法律家のアドバイスとはいえない。金の請求をしてくる奴がうっとうしいならそいつを殺して埋めればいい。運がよければバレない。というアドバイスと本質的には違いがないと思う。
突然「この人,痴漢です」と言われたら|sho_ya|note https://t.co/AcJ591PkeA
— ystk (@lawkus) 2016年9月22日
弁護士による記事。同業者として全体的に賛成なので拡散しておく。無実なのに痴漢の疑いをかけられた場合の対応については、ネット上にいい加減な情報が流布してるので注意。
上記の記事にもあるとおり、痴漢を疑われ、取り囲まれるなどして立ち去らせてくれない場合は、
というのがベターな選択だろう。
先に私は、ベストな選択として「平穏に立ち去る」と述べた。
実は、「平穏に立ち去る」と「その場を動かず弁護士を呼ぶ」は別々の選択肢ではない。「平穏に立ち去る」を実現するための手段が「弁護士を呼ぶ」だ。
その場に駆けつけた弁護士は、現状がいかに逮捕要件を満たさないかを論じ、逮捕しなくても被疑者が逃げも隠れもしないことを示して、法的には被疑者は今すぐ帰されるべきなのだということを論証するだろう。
私のクライアントは法的には今すぐ帰れる身分なのだから今すぐ帰るね。後で呼び出してくれれば逃げも隠れもしないからね。何なら後日、俺も付き添って警察署に出頭するよ。でも今日はとりあえずバイバイ。というわけだ。
弁護士を呼べば、このように平穏に立ち去れる可能性が高まる。
上記は逮捕を避けるための方策だ。
しかし、もし弁護士を呼べなかったり駅事務室に連れ込まれたりしてあえなく逮捕されてしまったとしても、そんなに悲観する必要はない。落ち着いて、「当番弁護士を呼んでくれ」と警察官に言おう。無料だ。*6
「どうせ逮捕された時点で人生終わりだから危険を冒しても逃げた方がいい」みたいなネット通説は誤りだ。正確にいうと、10年前ならある程度正しかったかもしれないが、今は誤りになりつつある。
「行列のできる」とかに出ている先生方は今の刑事事件の実務をご存じないのかもしれないが、例えば近時の東京地裁・簡裁では、痴漢事件は否認していても勾留しないのが原則的な運用のようだ。他の裁判所でも、いわゆる人質司法が徐々にだが是正されてきている。当番弁護士を呼んで勾留阻止の活動をしてもらえば、勾留される可能性はいっそう下げることができる。*7*8
逮捕段階での拘束は2~3日。病欠とかで余裕でごまかせる範囲だ。それが勾留されると+10日になる。勾留延長されればさらに+10日で、計23日。 23日も娑婆に出られないのは致命的だ。*9
昔は否認していれば勾留されるし勾留延長もされるのが当たり前だった。映画「それでもボクはやってない」は10年ほど前の作品だが、その頃はたしかにそうだった。でも今はそうではない。
痴漢を疑われた被疑者が転落死した事故は都内で起きたようだ。この人は、「痴漢を疑われた時点で人生終わりだから逃げるしかない」みたいなネット風説の被害者かもしれないと思う。
実際には、逃げなくても2,3日で釈放された可能性が高いのだから。*10
続編:痴漢を疑われた場合の弁護士アクセス手段をいくつか挙げておこう
京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表
弁護士 三浦 義隆
*1:被害申告者本人とか、周りの乗客とか。
*2:ちょっと細かい内容なので脚注に落として書くが、重要なので興味のある方は読んでほしい。
痴漢を疑われた被疑者が任意に現場にとどまっていたが、身柄は拘束されておらず、私人による現行犯逮捕はされていないと評価できる状況だったとしよう。
そこに警察官が通報を受けてやってきた。被害申告者が警察官に対し、「この人に痴漢されたんです」と述べた。逮捕できるか。
実はこの状況では法律的に逮捕できないのだ。
現行犯逮捕なら、被害者や目撃者等が逮捕しないといけない。通報を受けて後からきた警察官は現行犯逮捕できない。
そこのハードルを越えるために、「警察官が来たときにはもう私人により現行犯逮捕されていて、警察官は身柄の引き渡しを受けただけ」というロジックが用いられる。
でも、駅事務室に「連行」されて閉じ込められていればともかく、頑強にホームで突っ立っていれば、もう逮捕済みというロジックはさすがに使えないだろう。
その場合どうするか。正攻法に戻って、裁判所に逮捕状を請求するしかない。逮捕状請求となれば時間がかかる。その間に弁護士も呼べるし対策もできるだろう。
*3:弁護士は皆「逃げろ」と言っている、という認識を抱いてる人は、平穏に立ち去ることと逃走することの区別がついてないために、「立ち去れ」も含めて「逃げろ」と言ってると誤解している可能性がある。
*4:弁護士を呼ぶ方法としては、知り合いの弁護士がいればその人に連絡。いなければ最寄りの弁護士会に電話して派遣してもらおう。
*5:痴漢の疑いをかけられるのは通勤時間である9時前の可能性が高く、弁護士会も法律事務所も開いてないのではとの指摘があった。確かにそれはそう。
だから知り合いの弁護士がいれば携帯やSNS等の直通連絡先を聞いておこう。
いないなら9時までその場を動かず頑張る。
あと、これはダメ元だが、9時まで粘る間に、Twitterなどで「拡散希望。今○○駅で身に覚えがないのに痴漢の疑いをかけられ、駅員に取り囲まれています。これをご覧になった弁護士さんは至急▲▲にご連絡をください」などとやるのも手。私のTLにそういう書き込みが上がってきたら手が空いてれば連絡すると思う。
最後に、知り合いじゃなくても私が駆け付けられる範囲の現場なら、miura@otakalaw.comにメール、またはTwitter(@lawkus)にDMくれてもいいですよ。これも手が空いてれば即対応します。私自身が手が空かなくて行けなくても、知り合いの弁護士2、3人に当たってみるくらいはする。メールよりDMの方が反応速いかも。私が駆け付けられる範囲というのは、まあ千葉県北西部、東京23区内、埼玉県南部、茨城県南部あたりか。費用は私なら1時間2万円かな。
*6:当番弁護士とは、弁護士会がボランティアで弁護士を派遣してくれる制度。呼ぶとその日の当番の弁護士が、原則当日中に来てくれる。当然これだと担当弁護士を選ぶことはできないので、信頼できる弁護士に伝手があるなら、当番弁護士でなく「◯◯事務所の△△弁護士を呼んでくれ」でもよい。
*7:東京地裁:痴漢で勾留、原則認めず 「解雇の恐れ」考慮 - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20151224/ddm/002/040/129000c
*8:勾留請求:却下急増 「裁判員」後、厳格運用 全国地裁・簡裁 - 毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20151224/ddm/001/040/132000c
*9:私の担当した範囲では、逮捕はされたが勾留はされず2、3日で釈放されたというケースで、勤務先をクビになるなどの社会的制裁を受けた人は今まで1人もいない。というか、勤務先にバレた人が1人もいない。実は逮捕段階では家族等は接見できないのだが、弁護士だけは接見できる(勾留後は家族等も接見できる)。接見できるから、解雇を避けるため、親族に頼んで欠勤連絡をしてもらう等の段取りもできる。2、3日の欠勤は風邪等でも普通に起こりうるから、通常はさほど問題は生じないだろう。一方、勾留されてしまうと解雇されるケースが目立つ。
*10:なお、本稿は、怖いのは身柄拘束であって、その後の裁判そのものは、身柄拘束に比べたらあまり重大な問題ではないという前提で書いている。それが私の実務家としての感覚だからだ。
仮に否認したまま在宅で起訴されたとして、無罪が取れればめでたしめでたし。だが仮に有罪になっても、同種前科などなければ執行猶予がつくはず。有名人とか公務員とかでない限り実名報道される可能性も低いだろう。在宅起訴なら勤め先にも普通はバレない。
勿論、やってないのに有罪判決を受けてしまったらそれは本来あってはならないことだ。執行猶予前科がつくという不利益もあるにはある。海外渡航や公務員就職などには支障をきたすかもしれない。しかし、長期勾留されることによる解雇などの不利益に比べたらこれらの不利益は小さい。
*11:「連絡できる弁護士なんていないよ」という反応が多すぎてめんどくさいので、希望者には私の携帯番号をお教えすることにする。件名に【痴漢連絡用携帯番号希望】と明記して、本文に住所氏名電話番号を記載し、info@otakalaw.comにメールをくれれば教えます。ただしプライベートの番号なので、痴漢の疑いをかけられている等の緊急の場合以外はかけないでね。
学用品のデザインの男女差について
小学1年生の娘を、毎朝学校の近く(学校の手前の信号を渡るところ)まで送って行っている。
朝の支度は妻に任せて、私は娘と出かける時間ギリギリに起きる。
今朝私が起きてリビングに出たら、娘は図工の授業で使う画材セットのチラシとにらめっこしていた。
学校での一括購入の締め切りが今日までだが、デザインに迷って決まらないらしい。*1
娘はこれに惹かれていたようだが、私から見ても妻から見てもゴチャゴチャしすぎて厳しいものがあった。
「えりちゃんがどうしてもそれがいいなら買ってあげるけど、正直パパはそれはダサいと思う。えりちゃんはせっかくお姉さんっぽいお洒落な服も持ってるのに、それだとコーデ*2から浮いちゃう気がするよ。もう少し考えてみたら?」
と意見した。
子どもの意見もある程度尊重したいが、意見の前提となるものの見方自体が形成途上にある年齢なので、折にふれ親の価値観を伝えていくことも必要だと思う。この辺はうまくバランスを取りたいところだ。
次に娘はこれを指差した。子どもっぽいけどさっきのよりはマシに感じた。
「まあこれはかわいいことはかわいいかもね。でもクマちゃんとか描いてあって、ちょっと小さい子向けじゃない?高学年のお姉さんになったら持って歩くの恥ずかしくなるかもしれないよ。それよりこっちの方が長く使えそうじゃないかな」
と言い、私はチラシの中で最もマシに見えたこれを示した。
しかし娘はこれはあまりピンとこないようだった。
結局、二番目のクマちゃんのを注文することになった。この会議のおかげで家を出るのがだいぶ遅れたから、早足で学校へ向かった。
ところで同じチラシに載っていた男の子向けの画材セットのデザインを見てほしい。
ザ・ファイアー・オブ・ドラゴンとか書いてある。
やばすぎるでしょこれ。妻と2人で噴き出してしまった。
学用品業者も馬鹿ではない。
こういうラインナップになってるということは、多くの男児がこういうのを好むということだ。男児やばいという話はよく聞くが、聞きしに勝るやばさだと思う。
うちには10ヶ月の息子もいるが、早くもやばい匂いはプンプンする。昨日は一瞬目を離した隙に小物の引き出しを開けて画鋲を取り出して口に入れていたから顔面蒼白になった。*3
この先息子もファイアー・オブ・ドラゴンその他のやばいアイテムを欲しがるのだろうか。
多少やんちゃでも大目には見ようと思うが、ファイアー・オブ・ドラゴンだけは勘弁してほしい。
京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表
弁護士 三浦 義隆
客としての嫁
今日は専門とは関係ない話。
ツイートしようとしたら思ったより長くなったので、数ツイートに分割するよりはブログに放流することにした。
ゴールデンウィークが終わってしまって数日経つ。ゴールデンウィークには実家に帰省した人も多いだろう。
私は4月28日に生まれたての子猫を5匹も保護してしまったし仕事の予定も入っていたので帰省できなかった。妻子だけ私の実家に遊びに行って私は留守番していた。
私の実家は、私を長男とする男ばかりの4人兄弟だ。
我が家では昔から、割と皆が気軽に彼女を実家に連れて来る家風があった。
4人兄弟中、私含め3人結婚しているが、3人それぞれの妻は3人とも、交際中から実家にしばしば出入りしていた人だ。
当たり前だが、交際中に実家に遊びに来る彼女は実家にとって「客」だ。
客だから歓待される。
そして、もしかすると当たり前でないと思われるかもだが、彼女らは妻らになった今でも私の実家では「客」だ。
だから私の実家に行っても家事などを押し付けられることはない。くつろいでいればOKで、食事を振る舞われたりしてもてなされる。
わざわざ連れて行っている私としても、私の客を歓待してくれなければ私の顔が潰れるわけで、歓待されるのは当然と思っている。
このような仕組みで何の不都合も感じたことがないし、嫁姑のいさかいも生じていないように見えるし、万事うまく回っていると思う。
息子の配偶者を身内とみなして指揮下に置こうとするシステムに、現代日本において何のメリットがあるのか、実感としてよくわからない。
京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表
弁護士 三浦 義隆