弁護士三浦義隆のブログ

流山おおたかの森に事務所を構える弁護士三浦義隆のブログ。

ブラック企業経営者はDV加害者に似ている

離婚と労働事件は、いずれも私が比較的よく扱っている分野だ。

先日このツイートをしたら、けっこう反響があった。

ところでこのようなDV加害者と同じ特徴が、ブラック企業経営者にもよくみられる。

こっちが弁護士をつけて権利主張をする段階に至っているのに、弁護士もつけずに社長自ら私の事務所に電話をかけてきて、

「今まで世話したのにいきなり弁護士をつけて内容証明を送りつけるのは筋が通らない」

とか、

「こんなことまでしなくても、きちんと話し合ってくれれば悪いようにしなかったのに(でももうヘソ曲げちゃったから請求には応じないもんね)」

とか、私を苦笑させるだけの主張を展開する経営者は珍しくない。*1

交渉がまとまらず裁判*2の段階に至れば、さすがにほとんどの企業が弁護士をつける。*3

しかし、裁判の場で和解の話になったとき、企業側代理人の弁護士が、「社長が感情を害されているので和解は容易でないかもしれない」といったことを述べるケースも多い。

自分が違法な労務管理をしておいて、権利行使されたら感情を害されたとはまさに盗っ人猛々しい話だ。*4

DV離婚事件と労働事件は、被害者側にも共通点がある。

相談の際に、

「配偶者は・あるいは社長は、弁が立つから・あるいは他人の言うことを素直に聞くような人ではないから、弁護士に依頼しても思うように進まないのではないか」

と心配する人がとても多いのだ。

私はいつも、

「法的にはこちらに理があるので、全く無用な心配です。素人の言い分なんか言わせとけばいいんです。裁判所では通りませんから」

と一笑に付すことになる。

このようにDV離婚と労働事件の当事者が似ている理由は、

いずれもそれまで支配-被支配の関係があったから

と考えられる。

支配している側の主観では、これまで被害者との関係はうまく行っていた。現に何も文句は出ていなかった。弁護士なんかつけて裁判までする必要なんかなかった。なのに今こうなっているのは許せない。

これを支配されている側から見ると、これまで加害者の言うがまま思うがままに扱われてきた。文句など言えばひどい目にあわされるのはわかりきっているから何も言えなかった。今まで私の言い分が通ったことなどないから、弁護士をつけてもうまくいかないかもしれない。

このように見ている世界が全く違うのだ。

支配側にとって平和で一方的に有利だった世界が、弁護士によって*5壊されたことに対する怒りが、「弁護士が入ったから話がこじれた」といった反応につながるのだろう。*6

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

http://otakalaw.com/

 

 

*1:DV加害者が弁護士を付けない率も非常に高いが、企業経営者が弁護士に依頼しないのはDV加害者の場合よりいっそう不思議。

まあ法に則って紛争を解決する気がなく(自分が不利だと薄々気づいており)、自分の勝手な主張に固執したいから敢えて自分でやるというところか。

*2:本稿で「裁判」とは労働審判や家事調停を含む。

*3:一方、DV加害者は裁判になっても弁護士なしでやる傾向が強い。充分にお金を持ってる人でもなぜかそう。

*4:こういうケースの相手方代理人弁護士は大変だなと少し同情する。弁護士が和解を説得しても社長が容易に応じず苦慮していることが察せられるので。

*5:本当は、被害者が我慢するのをやめたことによってなのだが。弁護士は手伝いをしてるだけ。

*6:ただしブラック企業経営者は、いくら理不尽なワンマン社長であっても最終的には経営者だから損得で判断するので、どうしても勝ち目がないと悟った段階では和解に応じることが多い。一方、DV加害者はどんなに勝ち目がなくても際限なく争う人が目立つ。

はてなブログ2週連続1位

週刊はてなブログから通知が来て、最新の週間ランキングで1位だったことがわかった。

11位と12位も私のエントリ。

先週のランキングも1位だったので、2週連続1位ということになる。

f:id:miurayoshitaka:20170508172314p:plain

f:id:miurayoshitaka:20170508172559p:plain

f:id:miurayoshitaka:20170508172827p:plain

本ブログ、とりわけランキング上位に来ているエントリでは、何も新奇なことや論争を呼ぶようなことは書いていない*1

弁護士なら誰でも知っているような内容で、読者の生活に関係してきそうなことを、平易な文章で明瞭完結に書くようにしているだけだ。

それでこれだけ反響があるのだから、法知識*2についての需要は相当大きいのだなと実感している。

需要があるとわかり、広く読まれているとなれば書き甲斐もある。

ゴールデンウィークも終わり多忙ではあるが、今後も極力まめに更新していきたい。

 

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

*1:まあ、私自身が車に轢かれて損害賠償請求をした経緯を晒したエントリは、ネタとしての美味しさはあったと思うが。

*2:法律や判例そのものの知識だけでなく、実務をやって初めて身につく相場観のようなものを含んだ意味での法知識。

実印を登録したままにしておいてはいけない

かつて Twitterにも書いたことがあるが、実印は登録しておかない方がいい。

使うときだけ登録し、使い終わったらすぐに廃止することを推奨する。

民事訴訟法第228条 (文書の成立)

1 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。

(中略) 

4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。

民事裁判上、「二段の推定」というルールが採用されている。

  1. 裁判の証拠となる文書に印影*1がある場合、その印影が、文書の作成名義人の印章*2によって押されたものであるときは、その押印は作成名義人の意思に基づいてなされたものと推定される。(一段目の推定)*3
  2. 私文書に、本人の意思に基づく押印があるときは、その文書自体が真正に(本人の意思に基づいて)成立したものと推定される。(二段目の推定)*4

これによって、本人の印章による印影が契約書などの書面に押されているときは、

→本人の印章による印影があるから本人の意思に基づく押印だ(一段目の推定)

→一段目の推定によって本人の意思に基づく押印と認められるから文書は真正だ(二段目の推定)

ということで、その書面全体が本人の意思によって成立したと認められてしまう可能性が高い。*5

 ところで印鑑登録制度は、ざっくり言うと、特定の印影と本人の結びつきを公的に証明する制度だ。

「この印影なら本人が登録した印章によって押されたものに間違いはない」ということを、印鑑登録証明書によって証明してくれるわけである。

だから、書面に実印が押されているときは、通常それが本人の印章によることに疑いはないので、*6二段の推定が働くことになる。*7

このように実印の証明力が強力なため、家族や知人が実印を勝手に押して本人に不利な取引をしたことによる法的紛争がたくさん発生している。

あなたが経営者などで借入や不動産取引の機会が多いなら別だが、一般の勤め人なら実印が必要な場面はそう多くないはずだ。 

実印は、何度でも登録と登録廃止を繰り返せる。毎回同じ印章を使ってもいいし、異なる印章でもいい。本人が市役所の窓口に行けば、登録はその場ですぐに完了するし、印鑑登録証明書もその場で発行してもらえる。

印鑑登録にかかるわずかな手間と悪用のリスクの大きさを比較したとき、印鑑登録をしたままにしておくことが得策とはとうてい思えない。*8

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

*1:印影とは、押印の結果として紙の上についたインク等の跡のこと。

*2:印章とは、形ある物としてのハンコのこと。筆記とのアナロジーでいうと、印章がペンなら印影が文字に当たる。

*3:この一段目の推定は、法に明文があるわけではない判例法上のルール。

*4:この二段目の推定は、前掲の民訴法228条4項に明文がある。

*5:誰かが勝手に押印したこと等を立証できればこの推定は覆るが、その立証は容易ではない。

*6:ただし、誰かが勝手に本人名義で印鑑登録をしたような場合は除く。

*7:実印でなくても二段の推定というルールは適用されるが、実印でないならそもそも本人の印章でないという可能性もあるから比較的争いやすいことになる。

*8:どうしても登録を維持したいなら実印を勝手に使われたりすることが万が一にもないよう厳重に管理する必要があるが、そんな管理コストを惜しまずかけるくらいだったら廃止と再登録の手間を惜しまないほうがよくない?

妻が不倫相手の子を産んでも1年過ぎたら争えない

既婚者が不倫をした結果、相手を妊娠させる/自分が妊娠するということは結構多い。

私がふだん離婚事件や不貞行為の慰謝料請求を扱っていての実感としても、不倫による妊娠ケースはそんなに珍しくない。

夫が未婚者と不倫して不倫相手が出産した場合、その子は非嫡出子*1となる。

一方、妻が不倫して出産した場合、その子はいったん夫の子として扱われる。*2

民法第772条 (嫡出の推定)

1 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

2 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

この民法772条により、婚姻成立後200日経過後または婚姻解消後300日以内に生まれた子は、夫の子と推定されることになっている。

妊娠期間を考慮して、婚姻中に懐胎した可能性が高い場合は夫の子と推定しようということだ。

子がこの嫡出推定を受ける場合、夫と子の法律上の父子関係については、以下の特別な効果が及ぶ。

①夫のみが提起できる「嫡出否認の訴え」という特殊な訴えでしか、父子関係を争えない。

→つまり、妻が後から「実はあなたの子じゃなかったの」と言ったり、不倫相手が「実は俺の子だ」と言ったりして訴えを提起し法律上の父子関係を引っくり返すということは法律上できない。*3

②嫡出否認の出訴期間は、子の出生を知ったときから1年間。1年経過後は夫を含め誰も父子関係を争えなくなる。

また、出訴期間経過前でも夫が子の嫡出性を承認した場合は、もはや嫡出否認の訴えは提起できなくなる。 

民法第774条 (嫡出の否認) 

第772条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。

第775条 (嫡出否認の訴え)

前条の規定による否認権は、子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行う。親権を行う母がないときは、家庭裁判所は、特別代理人を選任しなければならない。

第776条 (嫡出の承認)

夫は、子の出生後において、その嫡出であることを承認したときは、その否認権を失う。

第777条 (嫡出否認の訴えの出訴期間)

嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない。

この結果、血縁関係がなくても、夫が嫡出否認を選択しなかった場合や、嫡出否認の出訴期間が過ぎてしまった場合は、法律上の父子関係は確定する。*4

ただし、この原則には重要な例外がある。

婚姻後200日以内、または婚姻解消後300日以内に出生した子であっても、妻が懐胎可能な時期に、既に夫婦が(戸籍上は夫婦のままでも)事実上離婚して夫婦の実態が失われていたり、外国など遠隔地に居住していて性的関係を持つ機会がなかったり、夫が刑務所に入っていたり、要するに夫婦関係を外から見ても妊娠の可能性はなかったといえるような場合は、嫡出推定は及ばないというのが判例だ。*5*6

したがって、そういう例外的な場合には、嫡出否認の出訴期間が過ぎてしまっても、あるいは夫が争わない場合に妻や不倫相手などの他人からでも、「親子関係不存在確認訴訟」というのを起こして父子関係を争える。

逆に言うと、このような場合以外は、民法の規定どおり、1年過ぎてしまえば父子関係は争えない。

たとえDNA鑑定で血縁上の父子関係がないことがはっきりしようと争えない。*7*8

賛否はともかくルールはこのとおり。

妻を信用できないし、万が一我が子と血縁関係がなかった場合にこれを受け入れて育てるつもりもないという人は、出生後1年以内に訴えを提起できるような時期に、DNA鑑定をしておく必要があるということだ。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

 

*1:いわゆる婚外子。反対に「嫡出子」とは、法律上の婚姻関係から出生した子という意味。

*2:婚姻後200日以内に出生したため後述の嫡出推定が及ばない子であっても、戸籍上は出生届により夫の嫡出子として扱われる。ただし嫡出否認の訴えによらず、いつでも親子関係不存在確認訴訟によって父子関係を争うことができる。

*3:夫が自分との血縁関係に疑念を持ちながら、あるいは血縁上の子でないと知りながらこれを受け入れて育てる場合は少なからずあるだろう。その場合に不倫をした妻や不倫相手などの方からこれを争えるというのはどう考えても妥当でないから、この規定は常識的にも受け入れられやすいと思う。

*4:こうした一連の制度の趣旨を一般の方向けにざっくりまとめると、

ア) 婚姻中の妻が懐胎した子は通常は血縁的にも夫の子だから、原則的には法律上も夫の子として扱う。

イ) 例外的に血縁関係のない場合、1年に限り夫のみに嫡出否認の訴えを認めることで、夫が血縁に基づかない父子関係から離脱する権利を一定限度で認める。

ウ) 1年以内に夫が嫡出否認をしなかった場合は、血縁よりも、そこまで継続した平穏な家族関係という事実状態を尊重することを優先する。

といったところだろう。

賛否両論あるだろうが、このような制度設計には一定の合理性があると私は思う。

*5:最判S44・5・29民集23-6-1064

最判H26・7・17民集68-6-547 

*6:このように、夫婦関係の外観上も妊娠の可能性がなかった場合のみ嫡出否認によらず父子関係を争うことを認める立場を「外観説」と呼んでいる。

*7:学説上は、血縁上の父子鑑定がないことが明らかな場合は親子関係不存在確認訴訟を認めるべきだという立場もある。しかし前の脚注で示したH26年の最高裁判決はそのような立場をとらず、外観説に立つことを明確にした。同判決は、

民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには,夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる(中略)。そして,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。 このように解すると,法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが,同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。 もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係 不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができる

と判示した。

*8:もっとも、訴訟の判決で親子関係不存在を認めてもらうことはできないが、妻との間に争いがないなら、親子関係不存在確認の家事調停を申立て、その調停・審判の手続の中で親子関係を覆せる可能性はある(細かい説明は省略)。

出生から1年経過後に我が子と血縁がないことが判明し、どうしても納得できないという場合は、とりあえず弁護士に相談するなどして調停を申し立ててみる手はある。

なぜ保険会社は低額の提示をしてくるのか

前回エントリには大きな反響があった。

はてなブックマークの人気エントリ1位になったし、PVは10万を優に超えている。

保険会社が正当な(裁判をしたとすれば認められるべき)損害賠償額から大きくかけ離れた低額の提示をしてくるのが常であることは、弁護士には常識だ。

しかしこの反響の大きさを見ると、やはり一般の方にはあまり知られていなかったようだ。

そこで、なぜそんな無法が横行しているのかについて、ごく簡単に説明しておく。

保険会社がめいめい勝手に定めている、通称「任意保険基準」というのがある。保険会社はその都度のノリで適当に賠償金を提示するわけではなく、この基準に基づいて提示している。

これは裁判になった場合の、通称「裁判基準」よりも大幅に低い。

この基準に法的根拠はない。だから裁判になれば通るわけがない。そのことは保険会社も重々承知している。*1

でも大抵のケースではこの基準で丸め込んでしまえるからこれを使っておこうという、無知な被害者につけ込むことを前提とした基準だ。

今回の私自身が被害者となった事故では、私が自分で交渉した。

だが最も典型的なのは、双方自動車の事故で、双方任意保険に加入しており、保険会社どうしの交渉になるケースだろう。

この場合、双方とも任意保険基準を使うことが暗黙の前提になって話が進む。

相手方の保険会社は敵かもしれないが、自分の契約している保険会社は味方に違いないと普通は思うだろう。

しかしあなたの保険会社も、「任意保険基準は裁判基準とかけ離れて低いから、これで示談しては損ですよ」とわざわざ教えてくれたりはしない。自社も任意保険基準を使っているし、自社の契約者の回収額が増えても儲けが増えるわけではないからだ。*2

こうしたいわば八百長が行われるのが常だから、本来は通らないはずの任意保険基準で多くの交通事故が示談に至ってしまうわけだ。

ただし、このように正当な賠償をしない前提で自動車保険のシステムが回っていることから、その分だけ保険料は安くなっていると考えられる。

一方、弁護士をつけるなどしてきちんと権利主張すれば正当な賠償を受け取れることは既に述べたとおりだ。

そうすると、このシステムを全体として見れば、

ほとんどの人が権利主張しないことを前提に保険料が低額に抑えられているため、権利主張する一部の人だけが得をするシステム

と評価できるだろう。

どうも不正義な気はするが、とにかくこれが現実だ。

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

*1:それゆえ弁護士がつくとたちまち提示額が跳ね上がるわけだ。まったく舐めた話。

*2:その点弁護士は依頼者の回収額が増えれば増えるほど成功報酬が増えるから、取れるだけ多く取ろうとするインセンティブがある。

弁護士が車に轢かれた結果を晒してみる

弁護士は守秘義務があるから担当事件のことは書けない。

以下は仕事ではなく自分の話なのでネタにしてみよう。

古い話だが去年の3月1日に車に轢かれた。

自転車で普通に車道左端を走っていたら、いきなり左折してきた車に巻き込まれたのだ。当然ながら派手に転倒し、身体は路上に投げ出された。

幸い骨折したりはしなかったが、左手首をしこたま挫いてしまった。

しばらく自転車にも乗れなかったし、何よりタイピングに支障が出たのは仕事に差し障りがあり困った。

治療は案外長引いて、6月28日まで病院に通っていた。最終通院の時点ではまだ痛かったのだが面倒になって通うのをやめてしまい、7月下旬頃には自然と治ったと思う。

当時、裁判基準で私が取れるはずの損害賠償額を算定してみたら、既に支払われている治療費を除いて70万円強になることがわかった。

請求しなければと思っていたが、依頼者のことに比べ自分のことは優先順位が低いから放置してしまっていた。

そうしたら今年の2月13日になって、保険会社から賠償額の提示が届いた。

f:id:miurayoshitaka:20170501220256j:image

見てのとおり、約16万円をくださるとの内容。私が弁護士だと知っていてこの提示だから笑える。

早速保険会社に対して書面を送り、裁判をすれば70万円以上になること、私は弁護士だから理由のない譲歩をするつもりはないこと、早期解決のメリットを考慮しても60万円は譲れないこと、60万円を少しでも下回るなら訴訟をすることを通知した。

すると保険会社から電話がかかってきて、40万円くらいにならないかとか言う。

「あ、わかりました。では訴訟しますね。本人訴訟も一度やってみたかったので」

「いやそれは。もう一度持ち帰って検討します」

さらに2往復くらいやり取りがあって、結局先方が折れ、ぴったり60万円が支払われた。


f:id:miurayoshitaka:20170501214414j:image


f:id:miurayoshitaka:20170501214413j:image

裁判をすれば私が勝つことは目に見えており、ある程度値引きもしてあげているのだから、先方が折れるのは当たり前だ。突っぱねて訴訟になっても保険会社は損しかしない。

しかし世の中の交通事故は、法律家が関与しないまま、被害者の無知に乗じて、当初提示の16万円みたいな不当な金額で示談に至るケースの方が圧倒的に多いわけであろう。

弁護士は魔法使いではないから、黒のものを白にしたりできるわけではない。*1

弁護士が素人と最も違うのは、法的紛争の行く末を予測できるという点だろう。

訴訟をすれば70万円取れると知っているのに16万円で妥協する人は普通いない。

訴訟をすれば70万円取れると知っている相手にあくまで16万円でゴリ押そうとしてくる人も普通いない。

このように、訴訟で判決までとことんやった場合の帰結がある程度見えているから、そこから逆算して訴訟しない場合の落としどころも見出だせる。

交通事故に限らず、これが法的紛争のプロである弁護士の強みだ。*2

続編。 なぜ保険会社は低額の提示をしてくるのか - 弁護士三浦義隆のブログ

 

 京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

 

 

*1:グレーの案件ならかなり有利な方向に押し込むことはできたりするが。

*2:弁護士に頼んだ場合、費用倒れになるのではないかとの疑問を持つ人が多いようだから脚注に追記しておく。

このケースを私が受任したと仮定すると、着手金が無料。成功報酬が18万円+回収額の10%。

私の場合、受任前に既に保険屋が提示していた額は回収額から除外するので、回収額は60万- 16万=44万。

よって成功報酬は(18万+4.4万)×1.08=24万1920円。郵便代などの実費を含めた総額で24万5000円程度だろう。

依頼者の手元に残る額としては20万円弱増えたということになる。

この程度の比較的小さな案件でも上記のように元は取れるし、交渉から解放されて弁護士任せにできるメリットもあるわけだが、もっと小さな案件である場合など、依頼すると足が出ることも考えられる。

そのようなケースでも弁護士依頼のメリットを享受したい方は、ご自身の自動車保険に弁護士費用特約を付帯させておくとよいだろう。これを付けておけば弁護士費用の問題はなくなる。

「地毛証明書」は適法か

都立高校の約6割が、一部の生徒から入学時に「地毛証明書」を提出させているという報道が大きな反響を呼んでいる。

www.asahi.com

クソみたいな制度だと思うが、感想を述べるだけなら誰でもできるから、法律家として適法性を検討してみよう。

前提として、染髪禁止、パーマ禁止という校則自体の適法性が問題になる。

このような校則の適法性が裁判で争われた場合、本邦の裁判所は(残念ながら)校則を適法と認めるだろう。

そもそも小中高校がなぜ校則を定めることができるのかという根拠についても、校則やそれに基づいた処分が適法と認められる要件についても、一般的に判示した最高裁判例はない。*1

しかし大学については、昭和女子大事件最高裁判決というのがある。

同判決は、

大学は、国公立であると私立であるとを問わず、学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設であり、法律に格別の規定がない場合でも、その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により一方的に制定し、これによつて在学する学生を規律する包括的権能を有する

と判示した。

その後の地裁高裁レベルの裁判例は、高校以下の学校についても、昭和女子大事件最高裁判決に乗っかって、学校は校則を一方的に定めて生徒を拘束する「包括的権能」を有するとするものが多い。*2*3*4

その結果、校則の適法性はゆるやかに(つまり、学校に甘く)審査され、校則の適法性はほぼ無限定に認められてしまうのが本邦の裁判の実情といってよいと思う。

何しろ、男子全員に丸刈り強制というめちゃくちゃ厳しい校則でも、裁判所様によれば適法らしいので。*5

だから、染髪禁止・パーマ禁止校則そのものが違法と判断される可能性は乏しい。

しかし、仮に染髪禁止・パーマ禁止校則が適法だとしても、これを遵守させるため「地毛証明書」を提出させるという行為の適法性はどうか。

私見だが、「地毛証明書」を提出させる行為は違法だと思う。

というのは、染髪禁止・パーマ禁止校則の一般的な運用として、生まれつき明るい髪を黒く染める場合や天然パーマにストレートパーマをかける行為は校則違反とされず(それどころかしばしば勧奨すらされ)、「地毛証明書」も一見して明るい髪や縮れた髪の生徒にのみ要求されていると思われる。

染髪禁止・パーマ禁止が適法であるとしても、このような差別的取扱いを正当化することは到底できないと思われるからだ。

髪型を規制する校則の目的について、裁判所は、

生徒の非行化を防止すること、中学生らしさを保たせ周囲の人々との人間関係を円滑にすること、質実剛健の気風を養うこと、清潔さを保たせること、スポーツをする上での便宜をはかること等の目的の他、髪の手入れに時間をかけ遅刻する、授業中に櫛を使い授業に集中しなくなる、帽子をかぶらなくなる、自転車通学に必要なヘルメットを着用しなくなる、あるいは、整髪料等の使用によって教室内に異臭が漂うようになるといった弊害を除去することを目的として制定されたものである*6

とか、

高校生にふさわしい髪型を維持し、非行を防止するためである*7

とか、

右校則の目的は、高校生にふさわしい髪型を維持し、また、非行を防止することにあると認められるが、修徳高校は、内外両面とも清潔・高潔な品性を備えた人物を育てることを目的とし、そのために清潔かつ質素で流行を追うことなく、華美に流されない生徒にふさわしい態度を保持することを目指しているのであるから、高校生にふさわしい髪型を確保するためにパーマを禁止することは、右目的実現に不必要な措置とは断言できず、右のような私立学校における独自の校風と教育方針は私学教育の自由の一内容として尊重されるべきである。*8

とか言っている。

要するに、「染髪やパーマは非行化につながり、学業の妨げになり、中高生にふさわしくない」とかいう学校側のよくある主張を裁判所は鵜呑みにしているわけだ。

しかし百歩譲ってこの主張を正当と認めるとしても、

「黒髪直毛のみが中高生にふさわしい髪型である。したがって、黒髪直毛をそうでない髪型に変更することは非行につながり、学業の妨げになり、中高生にふさわしくないが、反対に黒髪直毛でない髪型から黒髪直毛に変更することは非行につながらないし、学業の妨げにならないし、中高生にふさわしい。だから一律禁止でなく前者のみを禁止すればよいし、前者の疑いがある場合だけ地毛証明書を提出させればよい」

などと学校側が主張したら、さすがの裁判所もこれを追認するわけにはいかないのではないかと思う。

このような主張は差別そのものだからだ。

したがって、

「地毛証明書」は全校生徒に一律に提出させるならギリギリ適法かもしれないが、*9髪色の明るい生徒や髪の縮れた子のみに提出させる扱いは違法である

というのが私の結論。*10

京葉弁護士法人(おおたかの森法律事務所・佐倉志津法律事務所) 代表

弁護士 三浦 義隆

https://otakalaw.com/

*1:ただし、最判H8・7・18集民179号629頁は、私立高校について、「本件校則は社会通念上不合理なものとはいえず、生徒に対してその遵守を求める本件校則は、民法1条、90条に違反するものではない。」と判示して校則の有効性を認めている。校則は社会通念上不合理なものでない限り適法有効であるということがこの判断の前提になっていると考えられる。

*2:熊本地判S60・11・13判時1174号48頁、千葉地判S62・10・30判時1266号81頁、東京地判H3・6・21判時1388号3頁ほか。

*3:もっとも、小中高校が、憲法上「大学の自治」が認められる大学と同程度に強力な権能を有すると考える根拠について、裁判所は説明らしい説明をしていない。「権能があるといったらあるのだ」くらいの話。

*4:判例につき概観した論文として、舟越耿一「校則制定の根拠とその範囲」長崎大学教育学部社会科学論叢, 45, pp.43-54; 1993

*5:前掲熊本地裁判決。

*6:前掲熊本地裁判決。

*7:前掲最高裁H8年判決。

*8:前掲東京地裁判決。

*9:本当は一律提出も違法と解するのが正当だと思うが、前掲の裁判例を前提とするならこれが適法とされるのはやむを得ないかも。

*10:思いつくままに本稿を書いたので法律構成は練っていないが、私が裁判所で地毛証明書の違法性を主張するなら、校則の規制目的と達成手段との間に合理的関連性がないとか、不合理な差別的取扱であるとか主張することになると思う。